離れたくない

離れたくない。

もっと側にいたい。もっと話したい。ずっと側にいたい。欲しい時間はどんどん長くなる。

その一方で、一歩も。ひとつも。二度と。一輪も。増えない。

「サヨナラ」はまだ言っていないのに、未来の方はもう止まっている。その時間のずれが、この歌をずっと苦しくしている。

作品情報

Track
5
制作
2006年11月頃(原型)〜2007年12月(完成稿)
初出
2008年3月17日
クレジット
作詞: みゅー/作曲: みゅー

歌詞

君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
まだ話してないことがたくさんあるのに それも言えないまま

身勝手なこの想いが 今日は暗い夜空を駆け抜けて
三日月 飛び越えて 君の元に届いたらいいのになぁ
夢にまで見た 君との未来 もう一歩も先には進まない

焦って もがいても 君の心 遠く離れていく
あさっても 来年も 一緒にいられると思ってたのに
今日まで積もった 君との思い出 もうひとつも増えることは無い

君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
まだ渡してないものがたくさんあるのに それも渡せぬまま

戻ってきてくれないか 君と一緒に過ごしたあの日々も
今思い出してみれば なんだか夢の中の出来事
考えていた愛の言葉も もう二度と交わすこともない

君と離れたくない もっと一緒にいたい それも叶わぬ夢

身勝手なこの想いは 今日も暗い夜空を駆け抜けて
「三日月」 飛び越えて 君の元に届いたらいいのになぁ

足掻いて もがいても 君の心 遠く離れていく
笑っても 泣いても 君にサヨナラ言わなきゃ
君と育てた 愛情の花 もう一輪も咲くことはない

君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
もっと話してたい ずっと側にいたい それも儚い夢

曲を読む

最初の二行ですでに、願いと不可能が同時にある。

君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
まだ話してないことがたくさんあるのに それも言えないまま

まず、

離れたくない

そして、

もっと側にいたい

である。まだ足りない。もっと近くにいたい。

でも、その直後には、

それも叶わぬ夢

と書いてある。

願ってから可能性を考えるのではない。

願った時点でもう、叶わないことを知っている。次の行にも、

それも

が出る。側にいることも叶わない。まだ話していないことを話すことも叶わない。別れによって失われるのは、これまであったものだけではない。

まだ話してないことがたくさんある

これから使うはずだった言葉まで残っている。しかも、

言えないまま

である。言えなかった。と過去形にして閉じない。言えない状態のまま。そこで止まっている。

行き場をなくした想いだけが、代わりに動く。

身勝手なこの想いが 今日は暗い夜空を駆け抜けて
三日月 飛び越えて 君の元に届いたらいいのになぁ
夢にまで見た 君との未来 もう一歩も先には進まない

自分の想いを最初から、

身勝手

と呼ぶ。相手の心が離れているのに、戻ってほしい。届いてほしい。と思う。その願いを、自分でも少し責めている。

それでも想いには、かなりの運動能力がある。夜空を駆け抜ける。三日月を飛び越える。身体よりずっと遠くまで行ける。

ところが最後は、

届いたらいいのになぁ

である。届く。

ではない。

届ける。でもない。届いたらいいな。しかも、

なぁ

と少し力が抜ける。夜空を駆け抜け、月まで越えた勢いのわりに、到着だけは断言できない。想いはこんなに動くのに、未来は動かない。

もう一歩も先には進まない

「未来はない」。

と大きく言うのではない。

一歩も

である。一歩。前進の最小単位みたいなものまで否定する。そのあと、この「もう○○も」が何度も形を変えて戻ってくる。まずは一歩。

次は、思い出だ。

焦って もがいても 君の心 遠く離れていく
あさっても 来年も 一緒にいられると思ってたのに
今日まで積もった 君との思い出 もうひとつも増えることは無い

焦って もがいても

何かをしている。焦る。もがく。でも、

君の心 遠く離れていく

「ても」なのである。焦って。もがいて。何をしても結果が変わらない。

しかも、

焦って

のすぐ次の行には、

あさっても

が来る。音も少し近い。焦って。あさって。

その「あさって」と、

来年

が同じ一行に置かれる。すぐ先。かなり先。どちらも一緒にいるつもりだった。明確な計画を細かく説明するのではなく、近い未来も遠い未来も、まとめて当然のように続くと思っていた。

でも積もるのは、

今日まで

で終わる。そして、

もうひとつも増えることは無い

になる。さっきは、

もう一歩も

だった。今度は、

もうひとつも

である。未来の歩みが増えない。思い出の数も増えない。

一方、まだ言いたいことは、

たくさん

ある。たくさん残っているのに、ひとつも増やせない。数の大きさが反対向きに動いている。そして最初の二行が、ほとんど同じ形で戻る。

君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
まだ渡してないものがたくさんあるのに それも渡せぬまま

一行目は同じだ。二行目だけ、

話してないこと

から、

渡してないもの

へ変わる。言葉だけではないらしい。まだ手渡せていない何かまである。何なのかは書かれない。品物かもしれない。

気持ちかもしれない。そこは決めなくていい。ただ、未完了のものがまた増えた。しかも最初は、

言えないまま

だった。今度は、

渡せぬまま

になる。少し言葉遣いまで変わる。「ない」。から、「ぬ」。へ。

意味は近いのに、同じ反復にはしない。そして、戻ってきてほしいと直接言う。

戻ってきてくれないか 君と一緒に過ごしたあの日々も
今思い出してみれば なんだか夢の中の出来事
考えていた愛の言葉も もう二度と交わすこともない

ここで「夢」がもう一度出る。最初の、

叶わぬ夢

は、これからの願いだった。そして、

夢にまで見た 君との未来

も、先の時間だった。ところが今度は、

夢の中の出来事

である。過去が夢になる。実際に一緒に過ごしたはずの日々まで、現在から見ると現実感が薄くなる。夢は、未来に見ていたものから、過去を思い出した時の感触へ、向きを変える。

そして、

考えていた愛の言葉

も残っている。「考えていた」だけなら、一人の頭の中にはあった。でも本来なら、その言葉は相手と、

交わす

ものだった。

言うだけではない。

二人の間を往復するはずだった。それが、

もう二度と

で止まる。ここで三つ目のゼロが来る。一歩も。ひとつも。二度と。

未来が少しずつ数えられなくなっていく。そのあと、同じ願いが少しだけ変わる。

君と離れたくない もっと一緒にいたい それも叶わぬ夢

これまでは、

もっと側にいたい

だった。ここだけ、

もっと一緒にいたい

になる。「側」は距離の言葉だ。「一緒」は、もう少し時間まで含んで聞こえる。ほんの小さな違いだけれど、離れたくないという願いが、位置から関係全体へ少し広がる。そして、夜空の場面がもう一度来る。

身勝手なこの想いは 今日も暗い夜空を駆け抜けて
「三日月」 飛び越えて 君の元に届いたらいいのになぁ

最初は、

身勝手なこの想いが 今日は

だった。今度は、

身勝手なこの想いは 今日も

になる。これは現在のみゅー自身も、セルフライナーで気に入っている箇所として挙げている。一度目は、「この想い」。今日、夜空を駆け抜ける。

二度目は、「この想い」。その想いを話題として置き、

今日も

と続ける。一回だけの出来事だったものが、反復へ変わる。昨日も。今日も。たぶん届いていない。

それでもまた夜空を走る。助詞一つ。時間語一つ。それだけで、想いの滞在時間が伸びる。

そして二度目だけ、

「三日月」

に鉤括弧が付く。なぜここだけ括弧に入ったのかは、歌詞からは分からない。意味を決めない。ただ、同じ月なのに、二回目だけ文字の見え方が変わっている。この歌は、反復するたびにほんの少しずつ言葉を変える。

終盤もそうだ。

足掻いて もがいても 君の心 遠く離れていく
笑っても 泣いても 君にサヨナラ言わなきゃ
君と育てた 愛情の花 もう一輪も咲くことはない

最初は、

焦って もがいても

だった。今度は、

足掻いて もがいても

になる。焦る。から、足掻く。へ。頭の中の焦りから、身体ごとばたつくような言葉へ変わる。

でも、

もがいても

は同じ。やはり何をしても、君の心は遠ざかる。その次には、

笑っても 泣いても

になる。ここでも、「ても」。笑っても。泣いても。

どちらを選んでも、

君にサヨナラ言わなきゃ

だけは変わらない。感情の選択では回避できないところまで来る。しかも、「サヨナラした」。

ではない。

言わなきゃ

である。まだ言っていない。別れの認識はもうある。未来も止まっている。でも、最後の言葉だけはこれから言わなければならない。

この歌は、その直前をかなり長く引き延ばしている。そして四つ目。

もう一輪も咲くことはない

一歩も。ひとつも。二度と。一輪も。今度は花で数える。

関係は、

君と育てた 愛情の花

だった。

何もなかったわけではない。

育てた。咲いた。

でも、もう次の一輪はない。

未来そのものを一度に消すのではなく、増えるはずだったものを一単位ずつ止めていく。そこがこの歌は妙に細かい。そして最後は、また冒頭へ戻る。

君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
もっと話してたい ずっと側にいたい それも儚い夢

離れたくない。もっと側にいたい。そこまでは同じ。でも今度は、

もっと話してたい

さらに、

ずっと側にいたい

になる。「もっと」。から、「ずっと」。へ行く。欲しい時間は、むしろ長くなる。

未来はもう一歩も進まないと言ったのに、願いの方はどんどん先へ伸びる。そして最後だけ、

叶わぬ夢

ではなく、

儚い夢

になる。「叶わぬ」は、実現しないことを言う。「儚い」は、消えやすさや頼りなさまで含む。同じ「夢」でも、最後に少し質が変わる。叶わないと分かっている。

それでもまだ願っている。しかも、願いは弱くなるどころか、もっと。ずっと。と伸びている。頭では終わりを理解している。

言葉も、未来も、思い出も、花も、もう増えないと分かっている。それでも感情だけは、離れたくない。で止まる。この歌は、その二つを仲直りさせない。だから最後まで、別れは終わらない。

部活動を失う感覚と、人との別れ。そのどちらかを「本当の意味」として遡って決めなくていい。違う種類の喪失が、同じ「離れたくない」という言葉を使えたのだと思う。現在のみゅーが作品同士の言葉のつながりを次々見つけているのも、制作時の伏線というより、今になって見えてきた線として読む方が自然だ。

制作背景

現在のみゅーによれば、曲の原型はかなり早い時期からあり、当初は部活動を失う感覚を擬人的に書いていたつもりだったという。ところが今読み返すと、「これは本当に別れの歌だったのね」とも感じている。現在はこの短い曲を「すごい文学性の高い傑作」とかなり気に入っており、とくに助詞や時の言葉のわずかな違いを自分で褒めている。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。

Mutant Music史から見ると

現在のみゅー自身が、後から気になっている接続が二つある。一つは「Promised Land」。あの曲では、

どんな遠く離れてたって この空は一つで 繋がっている 真直ぐに飛んで行ける

と歌った。離れていても、空は一つ。だから真直ぐ飛んで行ける。「離れたくない」でも、想いは空を飛ぶ。

三日月 飛び越えて 君の元に届いたらいいのになぁ

ただ、こちらでは、「届く」とは言わない。

届いたらいいのになぁ

である。同じ空は、距離を消してはくれない。飛べることと、届くことは別になる。

現在のみゅーはこの類似を見て、Promised Land からの着想だったのではないかと考えている。ただしセルフライナーの言い方も、「ということは」という後からの推測である。そこはそのままにしておく。

もう一つは「冬の鼓動」。あの曲には、雪のように、

心に降り積もる

ものがあった。「離れたくない」では、

今日まで積もった 君との思い出 もうひとつも増えることは無い

になる。積もるものはある。

でも、こちらでは今日で止まる。

現在のみゅー自身も、「冬の鼓動」からかな、と考えている。

これも確定した制作意図ではない。

ただ、同じ「積もる」が、増えていく現在と、これ以上増えない過去、の両方に使われたことは面白い。そして「一歩ずつ」と並べると、別のところが気になる。あちらでは、

一歩ずつでいいから 進んで行こうよ 焦らなくたっていいんだから

と歌った。行き先は分からなくても、一歩ずつ進める。「離れたくない」では、

夢にまで見た 君との未来 もう一歩も先には進まない

になる。同じ「一歩」が、進むための最小単位から、進めないことを測る最小単位へ変わる。これも、前の曲で学んだことを後の曲で否定した、という話ではない。二人が同じ方向を向いている時には、一歩ずつ歩ける。相手の心が遠ざかっている時には、その一歩さえ増えない。

同じ単位が、違う関係では逆の意味を持つ。アルバムの並びでは、直前が「どん底」。そこで最後に求めたのは、

欲しいものはただひとつ 無条件の愛だけ

だった。次の「離れたくない」では、要求の相手が急に具体的な「君」へ見える。離れたくない。戻ってきてくれないか。ずっと側にいたい。

曲順だけ見れば、抽象的な「無条件の愛」への渇望が、一人の相手へ焦点を結んだようにも聞こえる。

でも制作史はそう単純ではない。

「離れたくない」の原型は、現在の記憶では2006年11月頃からあった。「どん底」は2008年1月。だから前の曲を受けてこの歌が生まれたわけではない。アルバムへ置かれたことで、その順番が後からできた。『Tokyo Walker』は、制作した順に感情を並べた日記ではない。

違う時期の歌を並べることで、別の時間を作っている。その中で「離れたくない」が残しているのは、別れた後の整理された結論ではない。未来はもう一歩も進まないと知っている。思い出も増えない。サヨナラも言わなければならない。

そこまで分かっている。でも、離れたくない。もっと。ずっと。と言ってしまう。

理解したことと、納得できることは別である。この歌は、その間を埋めない。むしろ助詞や時間語をほんの少しずつ変えながら、同じ願いを何度も繰り返す。

前へ進む歌ではない。

届かないと知った想いが、今日もまた夜空を走っている。

クレジット

作詞
みゅー
作曲
みゅー