独りじゃない

独りでいることには、慣れすぎた。

でも、独りで老いることには、怯えていた。

「老」が一字入っただけで、ずいぶん話が変わる。今、一人でやっていけること。この先ずっと、一人でいること。前者には慣れた。後者は怖い。

そこへ誰かが現れて、

独りじゃない 独りじゃない 君が好き 君が好き

と二度ずつ言う。嬉しい。でも、面倒くさい。そして、信じられない。どうやら「独りじゃない」は、孤独が消えたという簡単な話ではないらしい。

作品情報

Track
6
制作
2006年12月
初出
2008年3月17日
クレジット
作詞: みゅー/作曲: みゅー

歌詞

今まで 独りでいることに 慣れすぎた
何をやるにも 自力で こなしてきた
寂しいなんて 思うことも 忘れてしまった

でも 僕は 独りじゃない 何だろう この気持ち
面倒くさいような とても嬉しい

独りじゃない 独りじゃない 君が好き 君が好き
これからは何をするにも 二人 何か現実味がない
信じられない 信じられない 忘れていた 寂しさが 愛しさが
胸に溢れてきて 独りじゃ生きていけない身体になる
君にふさわしい男になってみせる

今まで 独りで老いることに怯えていた
何をやるにも孤独と闘ってきた
安らげることに ずっと 憧れていた

今 僕は 独りじゃない 煮詰まった そんな気持ち
君の存在がとても愛しい

一人だけ 一人だけ 君が好き 君が好き
これからは何処に行くにも 二人 そこには未来しかない
夢じゃない 夢じゃない 求めていた 安らぎが 幸せが
見上げれば いつも この手を伸ばせば届くところにある
君の理想をきっと超えてみせる

独りじゃない 独りじゃない 君が好き 君が好き
これからは何をするにも 二人 何か現実味が無い
信じられない 信じられない 忘れていた 寂しさが 愛しさが
胸に溢れてきて 独りじゃ生きていけない身体になる
君と理想を 一緒に 超えていく

曲を読む

最初は、一人で生きることをかなり身につけている。

今まで 独りでいることに 慣れすぎた
何をやるにも 自力で こなしてきた
寂しいなんて 思うことも 忘れてしまった

慣れすぎた

である。

慣れた、ではない。

過剰に適応した感じがある。しかも、

何をやるにも 自力で こなしてきた

一人でも困らない。生活は回る。何でも自力でできる。一見すると、かなり強い。

ところが三行目は、

寂しいなんて 思うことも 忘れてしまった

となる。寂しくなくなった、ではない。

思うことも 忘れてしまった

である。寂しさそのものが消えたのかどうかは分からない。ただ、それを意識する習慣をなくした。一人でいることに慣れすぎるとは、そういうことなのかもしれない。

そこへ、

でも

が入る。

でも 僕は 独りじゃない 何だろう この気持ち
面倒くさいような とても嬉しい

題名の言葉が、もう出る。

独りじゃない

かなり大きな発見のはずだ。ところが直後は、

何だろう この気持ち

である。まだ名前が付かない。さらに面白いのが、

面倒くさいような とても嬉しい

だ。「面倒くさい」。と言い切らない。

面倒くさいような

である。ちょっとそんな気もする。くらいの留保が付く。でも嬉しさには、

とても

が付く。面倒くさいかどうかは少し怪しい。嬉しいことは、かなり確か。同じ一行の中で、感情の確信度が違う。誰かと生きるのは嬉しい。

でも、それまで全部自力で完結していた生活へ他人が入ってくるのだから、少し面倒でもある。その混ざった気持ちを、きれいな恋愛感情だけにしない。そして最初のサビ。

独りじゃない 独りじゃない 君が好き 君が好き
これからは何をするにも 二人 何か現実味がない
信じられない 信じられない 忘れていた 寂しさが 愛しさが
胸に溢れてきて 独りじゃ生きていけない身体になる
君にふさわしい男になってみせる

同じ言葉が二度ずつ出る。

独りじゃない 独りじゃない

君が好き 君が好き

一回で十分なはずだ。でも二回言う。確信が強いから繰り返しているようにも聞こえる。逆に、一度言っただけではまだ自分でも信じ切れないから、もう一度言っているようにも聞こえる。

実際、その直後には、

何か現実味がない

そして、

信じられない 信じられない

である。独りじゃない。君が好き。でも現実味がない。信じられない。

幸福が現実より先に起きてしまったような感じだ。さらに、

忘れていた 寂しさが 愛しさが

となる。忘れていたのは、最初の歌詞では、

寂しいなんて 思うこと

だった。誰かを好きになったら、その寂しさが戻ってくる。しかも一緒に、

愛しさ

まで来る。

愛しさが寂しさを追い出すわけではない。

愛しい人ができたことで、自分は寂しかったのだ、ということまで分かってしまう。誰かといられる喜びは、過去の孤独を消すのではなく、むしろ見えるようにしてしまう。そしてその二つが、

胸に溢れてきて

身体へ来る。その結果が、かなり強い。

独りじゃ生きていけない身体になる

「一人では生きたくない」。

ではない。

身体になる

である。好みや考え方だけではなく、身体そのものが変わる。これまでは何でも自力でこなせた。一人でいることにも慣れすぎた。でも誰かを好きになったあとでは、以前と同じ一人の身体には戻れない。

かなり大げさである。

でも、この歌はそこまで言う。

そしてすぐ、

君にふさわしい男になってみせる

となる。依存するだけでは終わらない。今度は相手に見合う自分になろうとする。

ただし、基準は自分の中ではない。

君にふさわしい

である。君が基準になる。二番では、最初の三行がよく似た形で戻る。

今まで 独りで老いることに怯えていた
何をやるにも孤独と闘ってきた
安らげることに ずっと 憧れていた

最初は、

独りでいること

だった。今度は、

独りで老いること

になる。「老」が一字入る。それだけで、現在の生活が未来の人生になる。一人でいることには慣れた。

でも、一人で老いていくことには怯えていた。

この二つは、たぶん矛盾しない。今日の食事。仕事。移動。生活。

そういうものは一人で処理できる。

でも、ずっとこのままなのか。

老いる時まで一人なのか。そこは別の話だ。次の行も、最初と似ている。一番は、

何をやるにも 自力で こなしてきた

二番は、

何をやるにも孤独と闘ってきた

である。同じ生活を、自力でこなしてきた、とも言える。孤独と闘ってきた、とも言える。強さと苦しさが、同じ日々を別の角度から説明している。

そして一番では、

寂しいなんて 思うことも 忘れてしまった

と言っていた人が、

安らげることに ずっと 憧れていた

とも言う。寂しさを忘れていた。でも安らぎには憧れていた。本人の意識の上でつながっていなかっただけで、欲しかったものはずっとあったのかもしれない。そして現在。

今 僕は 独りじゃない 煮詰まった そんな気持ち
君の存在がとても愛しい

一番は、

何だろう この気持ち

だった。二番では、

煮詰まった そんな気持ち

になる。分かるようになった、とまでは言いにくい。「煮詰まった」という言葉も、かなり妙だ。濃くなったのか。行き場がなくなったのか。

いろんな感情が一緒になったのか。そこは一つに決めなくていい。ただ、その混ざったものの中心には、

君の存在がとても愛しい

という、かなり真っ直ぐな文がある。そして二度目のサビでは、最初の言葉が変わる。

一人だけ 一人だけ 君が好き 君が好き
これからは何処に行くにも 二人 そこには未来しかない
夢じゃない 夢じゃない 求めていた 安らぎが 幸せが
見上げれば いつも この手を伸ばせば届くところにある
君の理想をきっと超えてみせる

最初は、

独りじゃない 独りじゃない

だった。今度は、

一人だけ 一人だけ

になる。同じ「ひとり」という音が、まるで反対の仕事をする。最初は、一人ではない。孤独の否定だった。

今度は、一人だけ。好きな相手を絞る言葉になる。ひとり。という音を捨てるのではなく、意味を変えて使う。

そのあとには、また、

二人

が来る。一人だけ君が好き。そして、これからは二人。数字がずいぶん忙しい。

一番では、

何をするにも 二人

だった。二番では、

何処に行くにも 二人

になる。行為から、場所へ広がる。そして一番にあった、

何か現実味がない

が、

そこには未来しかない

へ変わる。かなり強くなった。現実味がなかった人が、未来しかない、とまで言う。さらに、

信じられない 信じられない

は、

夢じゃない 夢じゃない

になる。一瞬、このサビでは不安がなくなったように見える。現実だ。未来がある。

夢ではない。

そして、求めていた、

安らぎが 幸せが

は、

この手を伸ばせば届くところにある

という。ずっと憧れていたものが、急に手の届く距離へ来た。ここだけ読めば、かなり大きな到着である。そして決意も強くなる。

一番では、

君にふさわしい男になってみせる

だった。今度は、

君の理想をきっと超えてみせる

になる。ふさわしいところまで行く、では足りない。君の理想を超える。かなり張り切っている。ただ、この歌はそこで終わらない。

最後に、最初のサビへほとんど戻る。

独りじゃない 独りじゃない 君が好き 君が好き
これからは何をするにも 二人 何か現実味が無い
信じられない 信じられない 忘れていた 寂しさが 愛しさが
胸に溢れてきて 独りじゃ生きていけない身体になる
君と理想を 一緒に 超えていく

ここがかなり大事だと思う。途中では、未来しかない。夢じゃない。と言い切った。

でも最後にはまた、

何か現実味が無い

信じられない 信じられない

へ戻る。不安を克服して確信へ到着した、という順番ではない。一度は確信する。でもまた信じられなくなる。幸福が大きすぎて、現実味が追いつかない状態は最後まで残る。

ただし、一つだけ大きく変わる。最後の一行だ。最初は、

君にふさわしい男になってみせる

次には、

君の理想をきっと超えてみせる

だった。どちらも、僕が、君に見合う。僕が、君の理想を超える。という形だ。

最後は、

君と理想を 一緒に 超えていく

になる。ほんの助詞の違いが大きい。

君の理想

だったものが、

君と理想

になる。「君の」の が消え、「君と」の になる。君は、超えるべき基準を持つ人ではなく、一緒に超えていく人になる。そして「理想」も、君だけが持つものではなくなる。

ここで初めて、相手にふさわしくならなければ。相手の理想を超えなければ。という一人分の課題が、二人で進む話へ少し変わる。

ただ、それで不安がなくなったわけではない。

現実味はない。信じられない。寂しさもある。愛しさもある。面倒くさいような。

とても嬉しい。全部残っている。題名も、「二人になった」

ではない。

独りじゃない

である。否定形だ。だから何度言っても、その中には、「独り」という言葉が残る。

孤独を消してから二人になるのではない。

一人だった時間を抱えたまま、独りじゃない、と言い直す。その言い直しを、何度も何度もやっている歌である。題名は「独りじゃない」なのに、歌の力は一度言えば済むことを二度ずつ確かめる反復にある。確信しているから繰り返すのか、不安だから繰り返すのか。そのどちらにも聞こえるところが、この曲の幸福を少しだけ不安定にしている。

制作背景

昭和記念公園からの帰り道、「はじまり」と同じ時に生まれたと現在のみゅーは振り返っている。音楽面についての本人の記憶はかなり楽しそうで、「コーラスワークがキレイ」「フォークキッズのスリーフィンガー奏法炸裂」「意外とツービートが合う」と並ぶ。同じ言葉を二度ずつ繰り返す歌い方にも、本人はフォークソングらしさを感じている。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。

Mutant Music史から見ると

この曲といちばん近い場所にいるのは、「はじまり」だ。

現在のみゅー自身が、昭和記念公園からの同じ帰り道で二曲が生まれた、と書いている。「はじまり」では、

目が覚めたら また ひとりぼっち なんてことはないよな

と、恋に落ちた直後から、一人へ戻る恐れがあった。そして、

夢じゃないんだよな? 夢じゃないんだよな!

と確かめる。「独りじゃない」でも、

信じられない 信じられない

と言ったあと、

夢じゃない 夢じゃない

と繰り返す。同じ帰り道から出てきた二曲に、一人へ戻る恐れと、夢ではないかという確認が、どちらにもある。だからといって、「はじまり」で疑ったあと、この曲で答えを出した、とは言えない。どちらが先にできたのかも分からない。

むしろ同じ夜に、恋に落ちた。でも夢かもしれない。独りじゃない。でも信じられない。という似た揺れが、別々の曲になった。

その方が面白い。制作時期の近い vital とも、少し変なところで響く。vital では、

「独りでもやっていけるか?」って 自らに問いかけてみて
悩む暇もなく出した 結論は
No 僕には君が要る どうしても 君が必要なんだ

と歌った。一人でもやっていけるか。答えは、No。こちらではさらに、

独りじゃ生きていけない身体になる

まで行く。どちらも、誰も必要としないことを強さの完成形にはしない。ただし、この二曲を、依存を受け入れて成長していく物語、へする必要もない。vital では、群れから飛び出した自分が、君を必要だと認める。「独りじゃない」では、一人で生きることに慣れすぎた自分が、誰かを得たことで寂しさそのものを思い出す。

困っている場所が違う。そしてアルバムの曲順では、この直前に「離れたくない」が置かれている。あちらでは、

君の心 遠く離れていく

と言い、

もう一歩も先には進まない

と未来を止めた。その直後に、

独りじゃない 独りじゃない

である。曲順だけを聴けば、別れ。その次に、新しい幸福。という流れにも聞こえる。でも制作順は逆だ。

「独りじゃない」は2006年12月。「離れたくない」は、原型こそ2006年11月頃からあったと現在のみゅーは振り返っているものの、公開資料上の日付は2007年12月であり、現在の歌詞へ至る具体的な経過も未確定である。

少なくとも、「離れたくない」で別れを経験したから「独りじゃない」へ立ち直った、という順番ではない。アルバムへ並べた時、あとからそういう感情の反転ができた。しかも「独りじゃない」自身も、完全な安心の歌ではない。現実味がない。信じられない。

面倒くさいような。とても嬉しい。一度は、

そこには未来しかない

夢じゃない 夢じゃない

まで行く。でも最後にはまた、

何か現実味が無い

信じられない 信じられない

へ戻る。だから、直前の別れに対する明快な回答として置いてしまうと、この曲自身の揺れを消してしまう。「独りじゃない」で起きているのは、孤独がなくなることではない。

むしろ誰かを好きになったことで、忘れていた寂しさが戻ってくること。その寂しさと愛しさが、同時に胸へ溢れてくることだ。一人で生きられた自分が間違っていたわけでもない。二人になればすべて解決するわけでもない。

ただ、一度「君が好き」を知った身体は、以前と同じ一人の身体ではいられなくなる。それが嬉しい。少し面倒くさい。そして、まだ信じられない。その全部を二回ずつ言い直しているところに、この曲の「始まり」がある。

クレジット

作詞
みゅー
作曲
みゅー