一歩ずつ
行き先は分からない。
でも、
それが答えでいいから
と言う。
何が答えなのかというと、目的地ではない。
ここまで二人で積み重ねてきた時間だ。そして、これからについて決めるのは、どこへ着くかでも、いつ着くかでもなく、
ゆっくり ゆっくり
歩くこと。ずいぶん小さな約束である。
作品情報
- 収録作品
- 2nd album『約束の場所』
- Track
- 11
- 制作
- 2007年3月
- 初出
- 2007年4月4日
- クレジット
- 作詞: みゅー/作曲: みゅー
歌詞
ねぇ 夜が来るよ 夕焼けがキレイだね 今日一日 とても楽しかったね
ねぇ 側に来て 僕を暖めて 寒い夜だね 風が冷たいね
あぁ 二人の向かう先が 何処かは分からないけど
一つずつ僕らが 積み重ねてきた時間 それが答えでいいから
ねぇ だから側にいて ゆっくり ゆっくり 歩いて行こう
一歩ずつでいいから 進んで行こうよ 焦らなくたっていいんだから
ねぇ 夜が明けるよ 新しい朝が来るよ 今日も楽しい 一日にしようね
曲を読む
歌は夕方から始まる。
ねぇ 夜が来るよ 夕焼けがキレイだね 今日一日 とても楽しかったね
ねぇ 側に来て 僕を暖めて 寒い夜だね 風が冷たいね
まず、
ねぇ
と呼ぶ。そして次の行でも、
ねぇ
である。この歌には、この「ねぇ」が何度も出てくる。大事なことを宣言するというより、そのたび隣の人へ顔を向け直す。見て。聞いて。
こっちへ来て。そんな距離の言葉だ。最初に知らせるのは、
夜が来るよ
である。楽しかった一日が終わろうとしている。
でも、まだ夜ではない。
その途中に、
夕焼けがキレイだね
がある。終わることを嘆くより、終わる途中の色を一緒に見る。そして、
今日一日 とても楽しかったね
と言う。「楽しかった」。
だけではない。
楽しかったね
である。自分の感想を相手にも渡す。そうだったよね。楽しかったよね。同じ一日だったよね。
次の行も、
寒い夜だね 風が冷たいね
と、「ね」が続く。夕焼けも。楽しさも。寒さも。冷たい風も。
全部、一人で感じたままにはしない。相手と確かめる。だから、
側に来て 僕を暖めて
というお願いも、世界を暖かくしてくれという大仕事ではない。寒い。だから、もう少しこっちへ来て。それだけだ。そして、未来の話になる。
あぁ 二人の向かう先が 何処かは分からないけど
一つずつ僕らが 積み重ねてきた時間 それが答えでいいから
いきなり、
何処かは分からない
と言う。未来を語るラブソングなら、これからもずっと一緒にいよう。ここへ行こう。そう言ってもよさそうなのに、目的地がない。分からない。
しかも、その分からなさを解決しない。代わりに見るのは、後ろ側だ。
一つずつ僕らが 積み重ねてきた時間
ここで少し面白いのが、
一つずつ
である。何を一つずつ積み重ねたのかは書いていない。一日なのか。思い出なのか。出来事なのか。
会話なのか。単位は分からない。ただ、何かを一つずつ重ねてきた。そして、その過去を、
それが答えでいいから
とする。「それが答えだ」。
ではない。
答えでいい
である。これが唯一の正解です、と強く言い切ってはいない。先のことは分からない。
でも、ここまで積み重ねたものがある。
ひとまず、それを答えということにしよう。そんな少し肩の力の抜けた言い方に聞こえる。完全な保証はない。それでも歩く理由としては、これでいい。
そこで三度目の、
ねぇ
が来る。
ねぇ だから側にいて ゆっくり ゆっくり 歩いて行こう
一歩ずつでいいから 進んで行こうよ 焦らなくたっていいんだから
最初は、
側に来て
だった。今度は、
側にいて
になる。来て。から、いて。へ変わる。距離を縮めてほしいという一回の動作から、その距離にいてほしいという時間のお願いになる。
そして、
ゆっくり ゆっくり
二回言う。急がせる言葉を二度繰り返せば勢いがつきそうなのに、「ゆっくり」を二度言う。歌詞そのものが、歩く速度を落とすようだ。ここで先ほどの、
一つずつ
が、
一歩ずつ
へ変わる。ここまでの時間は、一つずつ。これからの移動は、一歩ずつ。過去と未来を、どちらも大きな塊では扱わない。小さく区切る。
しかも、
一歩ずつでいいから
である。一歩ずつがいい。とまでは言わない。
でいい
である。さっきの、
それが答えでいいから
とよく似ている。これで十分。このくらいでいい。大きな答えも。大きな歩幅も。
今はいらない。そして、
歩いて行こう
進んで行こうよ
どちらも「一緒にやろう」という形だ。相手に、歩け。進め。とは言わない。僕が先に行く、とも言わない。
一緒に行こう。最後には、
焦らなくたっていいんだから
と理由まで付ける。何をそんなに焦っていたのかは書かれない。関係の先なのか。人生なのか。答えを出すことなのか。
分からない。でも歌の中では、行き先を早く決めることより、いま同じ歩幅で歩けることの方が大事らしい。そして最後。
ねぇ 夜が明けるよ 新しい朝が来るよ 今日も楽しい 一日にしようね
四度目の、
ねぇ
である。最初は、
夜が来るよ
だった。最後は、
夜が明けるよ
になる。夕焼けから始まり、寒い夜を通って、朝まで来た。遠い将来の答えは出なかったのに、一晩はちゃんと進んだ。そしてここで、少し不思議なのが、
今日も
である。最初には、
今日一日 とても楽しかったね
と言っていた。その「今日」は、もう終わった。夜が明けたので、今度は別の「今日」が始まる。同じ「今日」という言葉なのに、一晩をまたいで中身が入れ替わる。
昨日の今日は、楽しかったね。新しい今日は、
楽しい 一日にしようね
である。ここも少し違う。楽しい一日が、「来る」。とは言わない。
一日にしようね
と言う。未来を予言しない。二人でそういう日にしよう、と提案する。この歌には、未来の確約がほとんどない。何処へ行くのかも分からない。
明日以降どうなるかも書かれない。でも、側にいて。歩いて行こう。進んで行こう。一日にしようね。
と、一緒にやることだけは何度も言う。未来を約束する代わりに、次に一緒にする動作を決めていく。
だから「一歩ずつ」は、遅れている人の歌ではない。
行き先が分からない二人が、分からないまま同じ速度でいるための歌なのだと思う。先に音だけがあって、あとから一晩の言葉がやってきた。二人の何十年先までを描くのではなく、夕方から朝までしか進まない。その小さな時間の中で「一歩ずつ」と言うことが、この曲にはよく似合っている。
制作背景
アコースティックギターと歌を中心にしたシンプルな曲。イントロの進行は、Don Rossのアコースティックギターに夢中だった時期の夏合宿で生まれ、当初はインストゥルメンタルにするつもりだったという。時間がたったある夜、寝顔を見て歌詞が生まれ、歌のある曲になった。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。
Mutant Music史から見ると
『約束の場所』というアルバムは、最後から二曲目でとうとう、「Promised Land」。つまり「約束の場所」そのものへ来る。そこでは、
あの日 僕らが見つけた 始まりの場所は 今も 褪せない 約束の場所
と歌った。場所はもう見つかっている。心の中にもある。しかも、
今すぐ飛んで行く
と、かなり急いでいる。その直後、アルバム最後の「一歩ずつ」は、
あぁ 二人の向かう先が 何処かは分からないけど
から話を始める。これは少し可笑しい。約束の場所を見つけたはずなのに、最後の曲では行き先が分からない。アルバムタイトルの場所へ到着して、めでたしめでたし。とはならない。
むしろ最後になって、何処へ行くんだろうね、となる。ただし、その直後には、
一つずつ僕らが 積み重ねてきた時間 それが答えでいいから
がある。
場所が答えなのではない。
未来の保証が答えなのでもない。ここまで過ごした時間を、答えでいいことにする。『約束の場所』という名前のアルバムが、最後に目的地を曖昧にする。そこがいい。速度も、直前の曲とはかなり違う。
「Promised Land」は、
今すぐ飛んで行く
だった。「一歩ずつ」は、
ゆっくり ゆっくり 歩いて行こう
になる。飛ぶ。歩く。今すぐ。ゆっくり。
正反対である。
でも、どちらが正しいという話ではない。
今すぐ会いたくて、飛んでいきたい時もある。隣にいる人とは、焦らず歩きたい時もある。同じ関係の中に、両方の速度がある。少し前の「vital」では、
取り残されない様に 僕も走り出す
と歌った。走る理由は、置いていかれないためだった。その曲は最後まで、走る。生き残る。戻る。
という運動を持っていた。「一歩ずつ」は、
焦らなくたっていいんだから
と言う。これも、走っていた自分が成長して歩けるようになった、という話にはしない方がいい。取り残されそうな時には走る。隣に誰かがいる夜には、その人と歩幅を合わせる。必要な速度が違う。
それだけでも十分だと思う。そして、このアルバムの最後に残る言葉は、壮大な「約束」ではない。
ねぇ 夜が明けるよ 新しい朝が来るよ 今日も楽しい 一日にしようね
である。アルバムの答えを宣言するわけでもない。永遠を誓うわけでもない。次の一日を、楽しくしようね。と隣の人へ言う。
遠い約束の場所より、まず今日。その今日も終われば、また次の今日になる。一つずつ。一歩ずつ。
アルバムは到着地点ではなく、もう一日を始めるところで終わる。
クレジット
- 作詞
- みゅー
- 作曲
- みゅー