女心
忘れたい。
でも、忘れないで。
心は冷めていく。でも、燃える。生まれ変われる。たぶん。痛い。
でも、ほんの擦りむいただけ。
この歌は、何かを決めるたびに、その決定をすぐ反対側から揺らす。最後には自分で、
裏腹な願い
と名づける。だから「女心」の中心にあるのは、気持ちが分からないことではない。反対向きの気持ちが、どちらも本当であることだ。
作品情報
- 収録作品
- 4th album『茜空』
- Track
- 4
- 制作
- 作詞・作曲2008年3月
- 初出
- 2011年9月4日
- クレジット
- 作詞: みゅー/作曲: みゅー
歌詞
Ah 私のこの身体は
Ah あなたのモノじゃないわ
Ah 渇いたこの心は
虚しく 冷めていく
優しい言葉も 耳をすり抜ける
朝になれば
生まれ変われるわ
たぶん…
ただ 揺れる 踊る 騒ぐ
孤独
Lonely lonely my heart
攻める 守る 逃げる
遊ぶ 女心は
今 触れる身体
透ける 私の白い肌
あなたがまたくれる痛み
ほんの擦りむいただけ
Ah 子供の頃のように
Ah 無邪気に生きられたら
Ah 時間は過ぎていくわ
優しく 残酷に
「悲しい恋だね」さらりと言うのね
掴みかけた幸せは 遠く離れ
まだ濡れる身体
燃える心
Burning burning my heart
揺れる 揺れる 揺れる
揺れる 恋心は
あぁ 拾い 救い 裏切り 捨てる
最低だわ
あなたを今 忘れたいの ただ忘れさせて…
I love you...I love you...
I love you...I love you..."
Lonely lonely my heart
怒り 狂い 叫び 涙 女心は
ただ 枯れる 褪せる 醒める
消える 恋心が
私のこと 忘れないで…
今 忘れさせて…
裏腹な願い
ありがと さよなら
曲を読む
第一声から、身体の話である。
Ah 私のこの身体は
Ah あなたのモノじゃないわ
Ah 渇いたこの心は
虚しく 冷めていく
まず、
私のこの身体
と言う。そのすぐ後に、
あなたのモノじゃないわ
「私の」と、「あなたのモノ」。所有を表す言葉が正面からぶつかる。しかも、
モノ
だけ片仮名である。身体が所有物のように扱われることへの拒絶が、かなりはっきりしている。私の身体。
あなたのものではない。
ここだけなら、ずいぶん強い。ところが心の方は、
冷めていく
である。冷めた、ではない。
まだ途中だ。温度を失い続けている。つまり、完全に終わったところから歌っているわけではない。だから次の言葉も、きれいには効かない。
優しい言葉も 耳をすり抜ける
朝になれば
生まれ変われるわ
たぶん…
優しい言葉。それ自体が嘘だとは書かれていない。でも、
耳をすり抜ける
入ってこない。そして、
朝になれば
生まれ変われるわ
かなり強く言う。夜さえ越えれば。明日になれば。新しくなれる。
ところが、その直後に、
たぶん…
一行だけ落ちる。自分で言った再生の宣言を、自分で弱めてしまう。生まれ変われるわ。たぶん。この二行だけでも、この歌のかなりの部分が見える。
言い切りたい。でも言い切れない。そのあと、感情は説明ではなく動詞になる。
ただ 揺れる 踊る 騒ぐ
孤独
Lonely lonely my heart
攻める 守る 逃げる
遊ぶ 女心は
まず、
揺れる 踊る 騒ぐ
動いている。かなり賑やかだ。でもその次に、
孤独
一語だけ置かれる。踊っている。騒いでいる。でも孤独。外側の動きと、内側の状態が一致しない。
さらに、
攻める 守る 逃げる
遊ぶ 女心は
も忙しい。攻めるなら前へ行く。守るなら留まる。逃げるなら離れる。遊ぶなら、そもそも真剣に決めない。
方向が全部違う。どれが正しい女心なのか。そんな答えは出ない。全部ある。
そして、
女心は
で行が終わる。何かをきれいに定義して閉じるのではなく、女心は、と宙に浮いたまま次へ行く。そこで身体がまた現れる。
今 触れる身体
透ける 私の白い肌
あなたがまたくれる痛み
ほんの擦りむいただけ
冒頭では、
あなたのモノじゃないわ
と言っていた身体が、今度は、
触れる身体
として出てくる。ここで何が起きているのかを、歌詞以上に具体化する必要はない。ただ、身体の境界を強く主張した直後にも、相手との接触と、
痛み
が残っている。しかも、
また
である。
初めてではない。
それなのに、
ほんの擦りむいただけ
と小さくする。「擦りむいた」。だけでも小さな傷に聞こえる。さらに、
ほんの
そして、
だけ
まで付ける。痛い。でも大したことじゃない。そう言い聞かせているようにも聞こえる。本当に小さな痛みなのか。
小さく扱いたいのか。そこは決めない。ただ、痛みを口にした直後、自分でその大きさを縮めていることは確かだ。二番では、時間そのものが二つの顔を持つ。
Ah 子供の頃のように
Ah 無邪気に生きられたら
Ah 時間は過ぎていくわ
優しく 残酷に
戻りたいのは、
子供の頃
である。そして、
無邪気
今の自分には、もうそのままでは戻れない場所らしい。時間は、
過ぎていくわ
止まってくれない。その過ぎ方が、
優しく 残酷に
である。優しい。残酷。反対の形容が、同じ時間に付く。時間が過ぎれば、痛みは遠ざかるかもしれない。
でも、時間が過ぎるということ自体が、戻れないということでもある。どちらなんだ。やっぱり、どちらもなのだ。そのあと、相手との温度差が短い言葉で出る。
「悲しい恋だね」さらりと言うのね
掴みかけた幸せは 遠く離れ
こちらにとっては、
悲しい恋
である。でも相手は、
さらり
と言う。重い内容を、軽い様子で口にする。その一語だけで、二人の温度がずれる。そして、
掴みかけた幸せ
なのである。掴んだ、ではない。
掴みかけた。もう少しだった。その幸せが、
遠く離れ
と離れていく。ここも完全な文として落ち着かず、離れていく動作の途中に置かれたような感じが残る。そして、身体と心の温度がひっくり返る。
まだ濡れる身体
燃える心
Burning burning my heart
揺れる 揺れる 揺れる
揺れる 恋心は
冒頭では、
冷めていく
心だった。今度は、
燃える心
である。冷めているのか。燃えているのか。一方向には進まない。
しかも、
まだ
が付く。身体の状態は続いている。心も燃えている。そして、
揺れる
を四回。一回でも揺れていることは分かる。でも四回言う。決められない、という説明をする代わりに、実際に言葉を揺らし続ける。その恋心は、次の一節でさらに方向を失う。
あぁ 拾い 救い 裏切り 捨てる
最低だわ
あなたを今 忘れたいの ただ忘れさせて…
拾う。救う。裏切る。捨てる。
前半二つと、後半二つで、ほとんど反対方向だ。しかも主語がない。誰が拾ったのか。誰が救ったのか。誰が裏切ったのか。
誰が捨てたのか。相手かもしれない。私かもしれない。二人の間で入れ替わっていたのかもしれない。歌詞は決めない。
その直後が、
最低だわ
である。誰が最低なのかも、文法上は固定されていない。そして、
忘れたいの
今度こそ方向が決まったように見える。忘れたい。だから、
ただ忘れさせて…
かなりはっきりしている。
ところが、この歌はまだ終わらない。
むしろここから、
I love you...I love you...
I love you...I love you..."
となる。忘れさせて。と言った直後に、I love youを四回。言葉の行動だけを見ると、全然忘れる気配がない。
そして、そのあとに戻るのが、
Lonely lonely my heart
である。この言葉は前半にもあった。踊る。騒ぐ。その中に孤独があった。
後半では、愛している、と四度言った直後にも、孤独が戻る。愛していることと、孤独であることは、反対にならないらしい。そこから「女心」と「恋心」は、さらに激しくなる。
怒り 狂い 叫び 涙 女心は
ただ 枯れる 褪せる 醒める
消える 恋心が
前の「女心」は、
攻める 守る 逃げる
遊ぶ 女心は
だった。今度は、怒り。狂い。叫び。涙。
温度がかなり上がる。その一方で、恋心の方は、
枯れる
褪せる
醒める
消える
と、どんどん失われる方向へ行く。ここで、
醒める
なのも少し面白い。冒頭には、
冷めていく
があった。同じ「さめる」という音が、最初と終盤で別の字になって戻る。温度が冷める。夢や酔いから醒める。
そして最後は、消える。恋心はなくなる。そういう着地に見える。ところが。
私のこと 忘れないで…
今 忘れさせて…
消える恋心の直後に、
忘れないで
である。忘れたいのは私。でも、あなたには私を忘れてほしくない。そしてすぐ、
忘れさせて
自分の中からは消したい。相手の中には残りたい。記憶について、完全に逆向きの願いである。そして歌詞自身が、そのことを知っている。
裏腹な願い
ありがと さよなら
ここが重要だと思う。この矛盾を、聞き手だけが発見したわけではない。歌詞自身が、
裏腹な願い
と名前を付けている。つまり、忘れたいのか。忘れられたくないのか。どっちなんだ。
という問いに、どちらかを選ぶ必要はない。裏腹なのだ、と最初から認めている。そして最後は、
ありがと さよなら
になる。怒っていた。最低だとも言った。忘れたいとも言った。
それでも、ありがとう。と言う。全部ひどかったことにすれば、別れはもっと簡単なのかもしれない。でも、感謝できるものまで残っている。だからきれいに嫌いにもなれない。
身体は私のもの。痛みはある。心は冷める。心は燃える。愛している。
恋心は消える。忘れたい。忘れないで。ありがとう。さよなら。
全部ある。題名は「女心」だけれど、歌詞が描いているのは、女性一般の謎めいた本性、ではない。少なくともこの「私」の中に、同時に存在してしまった反対向きの感情である。
女性の一人称で書かれているが、本人は「女視点のものにした。けど、自分の気持ちまんま」と説明している。女性一般の心を論じた歌ではない。さらに「忘れたいのか 忘れたくないのか どっちかはっきりしろ」と実際にツッコまれ、本人の答えは「それも女心」。かなり雑だが、矛盾そのものを消さない曲にはよく似合う。
制作背景
『Tokyo Walker』の録音を終え、いったん音楽活動をやめようと思っていた時期に生まれた。曲だけ作って終わるつもりが、その日のうちに歌詞まで書き、現在の回想では短期間でアレンジと録音まで進んだという。当時は短調の歌謡曲をやりたく、キーボード中心の作り方へ戻るきっかけにもなった。後には女性ボーカルで演奏するバンド版も作られた。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。
Mutant Music史から見ると
この曲が生まれたのは、3rd album『Tokyo Walker』の録音直後だった。そのアルバムの最後には、「しあわせ」が置かれている。あの曲では、
君の 笑顔も 涙も そのすべてが 僕の宝物だよ
と歌い、最後には、
それが しあわせ
と置いた。
現在のみゅーは、その頃、そこで音楽活動を終えるつもりでもいた、と振り返っている。その直後に「女心」ができた。だから作品史だけを見れば、幸福の定義で閉じようとしたあとに、まだ閉じられない感情が、もう一曲出てきたことになる。
ただし、「しあわせ」が間違いだった。本当は不幸だった。という話にはしない。人は、誰かが側にいることを幸せだと思う時もある。
別れの中で、忘れたい。でも忘れないで。と思う時もある。同じ人の中に、別々の時間として両方あっていい。
別れの矛盾という点では、「離れたくない」とも並ぶ。あの曲では、
君と離れたくない もっと側にいたい それも叶わぬ夢
と、もう叶わないことを知りながら、側にいたい、と言い続けた。「女心」では、相手から離れたい方向がもっと強く出る。身体は自分のものだと言う。忘れたいと言う。さよならも言う。
でも、
私のこと 忘れないで…
が残る。「離れたくない」は、一緒にいたいのに離れていく、という距離の矛盾だった。「女心」は、離れたいのに、相手の記憶からは消えたくない。という記憶の矛盾になる。
同じ別れでも、引っかかる場所が違う。そして『茜空』では、この曲の前に、「あの日あの時さよなら」が置かれている。アルバムだけを順番に聴けば、
どうしても分からない
あの日あの時さよなら
の次に、忘れたい。忘れないで。ありがとう。さよなら。という「女心」が来る。
別れの理由が分からない歌から、別れた後の感情が一方向に決まらない歌へ進む。かなり自然な曲順にも聞こえる。でも制作順は逆である。「女心」は2008年3月。「あの日あの時さよなら」の作詞は2009年2月。
だから、「あの日あの時さよなら」で分からなかった別れを、次の「女心」で別の角度から語った、という制作因果にはできない。後からアルバムへ並べたことで、そういう流れが生まれた。ここは分けておきたい。
「女心」で興味深いのは、矛盾を克服しようとしていないところだと思う。冷める。燃える。攻める。守る。
逃げる。遊ぶ。愛している。消える。忘れたい。
忘れないで。これらを一本の気持ちへ整理しない。そして最後には、自分で、
裏腹な願い
と認める。だから、この曲を後から、まだ気持ちを整理できていない段階、と呼ぶ必要もない。整理できないことそのものが、この時に書きたかった内容だった。しかもそれを、自分自身の「僕」ではなく、
私
という声へ移して歌った。距離を取ったから冷静になれた、というより、少し離れた声を借りたことで、むしろ感情を大きく動かせたのかもしれない。題名は「女心」。でも残っているのは、女性とは何か、という答えではない。
別れた時、人は一つの方向だけを向いているとは限らない。そのかなり個人的な記録である。
クレジット
- 作詞
- みゅー
- 作曲
- みゅー