disturb
息もできない。
やっと一つの愛を終わらせる。すると、息もつかないうちに、次の愛を誓う。これで決まったのかと思えば、また、息もできない。「disturb」は、二つの愛のどちらを選ぶかという歌というより、選んでも、待っても、誓っても、心の乱れが止まらない歌なのだと思う。誰にも邪魔されたくない。
でも、誰にも安らかにはしてもらえない。
かなり困った場所にいる。
作品情報
- 収録作品
- 4th album『茜空』
- Track
- 5
- 制作
- 作詞・作曲2008年6月
- 初出
- 2011年9月4日
- クレジット
- 作詞: みゅー/作曲: みゅー
歌詞
今だけは 果てぬ想いに 身を委ねて 綴る私の物語
愛し合い 時を忘れて 身を重ねて 眠る夜を 夢に見てたの
そっと 髪を撫でて 口付けて 紅 黄昏 蒼い星空
二つの愛に挟まれて 息もできない程に 鼓動揺らす
あなたの愛に絆されて 止めどないこの想い
あなたを愛してるわ
Please don’t disturb me. Nobody can give me a ‘rest in peace’.
いつまでも 燃える想いに 冷めて散った 遠いあなたの横顔
いつの日か 帰るあなたを 待っているわ わたしだけはここにいるから
明かりを消して 目を閉じて 消せない想い出 頬を濡らした
巡る季節に 急かされて もう後戻りできない 逃れられない
二つの愛に挟まれて 罪深き この想い
あなたを愛してるわ
悲しい愛を終わらせて 息もつかないうちに 愛を誓う
あなたの愛に絆されて もう戻れない二人
あなたを愛してるわ
揺れる想いに試されて 息もできない程に 苦しみ狂う
あなたの愛に絆されて 罪深き この想い
あなたを愛してるわ
あなたを愛してるわ
あなたを愛してるわ
曲を読む
最初の一行から、時間の長さが合っていない。
今だけは 果てぬ想いに 身を委ねて 綴る私の物語
愛し合い 時を忘れて 身を重ねて 眠る夜を 夢に見てたの
今だけは
と言う。今だけ。かなり短い。
ところが、その直後にあるのは、
果てぬ想い
である。時間は限定する。想いは終わらない。最初から少し無理がある。
しかも、
身を委ねて
と、
身を重ねて
「身」が二度出る。考える私より先に、身体が親密さの中へ入っている。でも二行目の最後は、
夢に見てたの
である。愛し合った。眠った。と言い切ってはいない。そういう夜を夢に見ていた。
現実だった記憶なのか。願っていた光景なのか。その境目は歌詞だけでは決められない。最初から、現実と願望が少し重なっている。
そして、
そっと 髪を撫でて 口付けて 紅 黄昏 蒼い星空
急に文法まで薄くなる。誰が誰の髪を撫でるのか。主語はない。紅。黄昏。
蒼い星空。色と時間だけが並ぶ。紅から蒼へ。夕方から夜へ。触れる身体も、その中へ一緒に流れていくように見える。
そこへ、サビが入る。
二つの愛に挟まれて 息もできない程に 鼓動揺らす
あなたの愛に絆されて 止めどないこの想い
あなたを愛してるわ
ここで初めて、
二つの愛
と出る。二つの選択肢が目の前に並んでいる、ではない。
挟まれて
である。左右から圧力を受けている。しかも、
息もできない程に
身体へ来る。呼吸できない。その状態で、
鼓動揺らす
心臓は動いている。息は詰まる。鼓動は揺れる。身体の中が忙しい。
ところが、二つの愛と言った直後には、
あなたの愛
と、一人称ならぬ一人の「あなた」へ絞られる。二つある。でも今、呼びかける相手は「あなた」。そして、
絆されて
である。自分の意志だけでまっすぐ愛している、という語感ではない。相手から向けられた愛や情によって、自分の心まで動かされている。だから、
止めどないこの想い
になる。自分から出したのか。相手から引き出されたのか。もう分けにくい。
それでも最後には、
あなたを愛してるわ
と言い切る。かなりまっすぐだ。
でも、その直後がこれである。
Please don’t disturb me. Nobody can give me a ‘rest in peace’.
邪魔しないで。でも、誰も私に安らぎを与えられない。少し変わった英語のまま置かれている。ここでは校正しない。
むしろ、外から邪魔されなければ静かになれる、とも言っていないところが気になる。Please don’t disturb me.と言いながら、すでに自分の中では、二つの愛。息のできなさ。揺れる鼓動。止めどない想い。
が動いている。誰かに静かにしてもらうだけでは足りない。その状態そのものが、disturbなのかもしれない。二番では、時間がもっとずれる。
いつまでも 燃える想いに 冷めて散った 遠いあなたの横顔
いつの日か 帰るあなたを 待っているわ わたしだけはここにいるから
こちらには、
いつまでも 燃える想い
がある。燃えている。でも同じ一行には、
冷めて散った
がある。燃える。冷める。一行の中で温度が反対になる。
しかも、
遠いあなたの横顔
である。想いはこちらに残る。あなたは遠い。二人の時間が同じ速度では進んでいない。
それでも、
いつの日か 帰るあなたを
待っているわ
と待つ。ここは未来をかなり長く取る。いつの日か。いつか帰る。
そして、
わたしだけはここにいるから
「私が」ではなく、
わたしだけは
である。他のものが変わっても。誰かがいなくなっても。少なくとも私だけは、ここにいる。献身にも聞こえる。
同時に、動けない一人にも見える。
ところが、待っている間にも記憶は消えない。
明かりを消して 目を閉じて 消せない想い出 頬を濡らした
まず、
明かりを消して
物理的な光なら消せる。
目を閉じて
見えるものも遮れる。それでも、
消せない想い出
が残る。同じ「消す」が、できるものと、できないものへ分かれる。明かりは消せる。思い出は消せない。
だから、
頬を濡らした
まで行く。そして、待っている人を、時間の方が待ってくれない。
巡る季節に 急かされて もう後戻りできない 逃れられない
二つの愛に挟まれて 罪深き この想い
あなたを愛してるわ
季節は、
巡る
同じところへ戻る言葉だ。春の次に夏。秋。冬。そしてまた。
でも、その季節に急かされる本人は、
後戻りできない
のである。季節は戻る。自分は戻れない。さらに、
逃れられない
前にも行きにくい。後ろにも戻れない。横へ逃げることもできない。かなり狭い。
しかも、ここで再び、
二つの愛
が出る。最初は、息もできない。今度は、
罪深き この想い
と、自分で倫理的な重さまで付ける。それでも最後の文は変わらない。
あなたを愛してるわ
である。罪深い。でも愛している。だからやめる。にはならない。
そして、いったん大きな決断が起きる。
悲しい愛を終わらせて 息もつかないうちに 愛を誓う
あなたの愛に絆されて もう戻れない二人
あなたを愛してるわ
ここは、かなり重要だと思う。
悲しい愛を終わらせて
一つ、終わったように見える。では休むのか。悲しむのか。考えるのか。違う。
息もつかないうちに
である。最初のサビでは、
息もできない程に
だった。今度は、息をつく暇さえない。呼吸の問題が、別の形で戻る。そして、
愛を誓う
終わらせた。すぐ誓った。間がない。だから、新しい愛が安らぎの場所になった、ともまだ言えない。
しかも、
もう戻れない二人
である。少し前には、
いつの日か 帰るあなた
を待っていた。あなたには帰ってきてほしい。でも二人は、
もう戻れない
「帰る」と「戻る」は同じではない。
それでも、戻ってきてほしい願いと、もう戻れない関係が、同じ歌にある。そしてここまで来ると、選択が終わったように見える。悲しい愛を終えた。新しい愛を誓った。二人はもう戻れない。
これで決着。になりそうだ。
ところが、歌はもう一度揺れる。
揺れる想いに試されて 息もできない程に 苦しみ狂う
あなたの愛に絆されて 罪深き この想い
あなたを愛してるわ
あなたを愛してるわ
あなたを愛してるわ
また、
揺れる想い
である。決まっていない。さらに、
息もできない程に
最初のサビまで戻る。息ができない。愛を終える。息もつかず愛を誓う。
そしてまた、息ができない。ぐるっと戻ってしまう。しかも今度は、
鼓動揺らす
より激しい。
苦しみ狂う
である。愛を誓ったら静かになった、ではない。
新しい不可逆性を作ったあとにも、苦しさが残る。そして、
あなたの愛に絆されて
も、
罪深き この想い
も、また戻る。その最後に、
あなたを愛してるわ
一度。もう一度。もう一度。三度繰り返す。一回では足りない。
強い告白だから三回なのかもしれない。自分の答えを固定するために、何度も言い直しているようにも聞こえる。どちらか一方へ決める必要はない。重要なのは、三度「愛してる」と言っても、歌詞が、二つの愛はこう解決しました、とは説明しないことだ。誰を選んだのか。
何が終わったのか。何がまだ残っているのか。人物関係を埋めれば、もっと分かりやすい物語にはできる。でも歌詞はそこを書かない。
残っているのは、待つ。戻れない。逃れられない。誓う。また揺れる。
そして、愛している。という動きだけだ。タイトルは disturb。乱れを止める答えではなく、乱れたまま「愛してる」と言い続けるところで終わる。
かなり考えて作り、何度も録り直したのに、最後に残ったのは作り込みすぎていないデモだった。完成歌詞の前には「サーンタークロースにあーこがーれてー」という本人曰く「意味不明」な仮歌まであった。構想と偶然が同じ曲の中で並んでいるところが面白い。
制作背景
現在のみゅーは「典型的なデモテープが良かった曲」と振り返っている。何度も録り直した末、採用したのは自宅で何気なく録ったデモだったという。当時のメモでは、6/8拍子と歌謡曲的な世界を試し、ピアノを弾いていて偶然できたコード進行から曲が始まった。あるメロディについて本人が「酷似ってかパクり」とまで書いているのも、妙に潔い。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。
Mutant Music史から見ると
この曲より少し前に作られた「女心」も、
私
という声で歌った。そして、あの曲もかなり揺れていた。冷める。燃える。忘れたい。
忘れないで。最後には、
裏腹な願い
と、自分でその矛盾を認める。disturb も女性の一人称を使う。ただ、揺れ方が少し違う。「女心」では、一人の相手を、忘れたい。でも忘れられたくない。
という、同じ関係の中で逆向きの願いが動いた。disturb では、
二つの愛に挟まれて
と、圧力そのものが複数になる。さらに、一つの愛を終える。すぐ別の愛を誓う。それでもまた揺れる。
関係を選べば感情が一つになる、という筋にならない。どちらが複雑で、どちらが成熟している、という話ではない。「女心」は記憶が逆方向へ引く歌。disturb は、愛。待つこと。
別れ。誓い。戻れなさ。が同じ時間の中へ押し込まれている歌だ。
もっと前の「離れたくない」には、
戻ってきてくれないか
という呼びかけがあった。離れていく相手へ、戻ってきてほしい。disturb にも、
いつの日か 帰るあなたを 待っているわ
がある。ただ、こちらでは同じ歌の中に、
もう後戻りできない
そして、
もう戻れない二人
まで出てくる。帰ってきてほしい。でも戻れない。この二つも両立してしまう。
「女心」の、忘れたい。忘れないで。と少し似ている。Mutant Musicの別れの歌では、片方の願いを捨てれば解決する、という形にならないことが何度もある。
そして『茜空』の曲順では、この前に「あの日あの時さよなら」が置かれている。あちらでは、
どうしても分からない
で終わった。その次に disturb を聴くと、分からなかった別れの後に、二つの愛へ挟まれた人が現れるようにも聞こえる。でも制作順は逆である。disturb は2008年6月。「あの日あの時さよなら」の作詞は2009年2月。
だから、別れの意味が分からなかったあと、新しい二つの愛で揺れた、という伝記にはできない。アルバムへ並べたことで、結果としてそういう不穏な連続が生まれた。そのくらいでいい。
disturb が最後に残すのは、選択の正解ではない。一度は、
悲しい愛を終わらせて
と言う。次には、
愛を誓う
と言う。それでもまた、
揺れる想い
に試される。つまり、決めたことと、心が静まることは、別である。そして最後には、
あなたを愛してるわ
を三回。説明より、同じ言葉を重ねる。それで乱れが収まったかどうかは書かない。むしろ、三回必要だったことの方が気になる。
この曲にとって、愛している、は答えというより、揺れている最中にも手放せなかった一文だったのだと思う。
クレジット
- 作詞
- みゅー
- 作曲
- みゅー