明日を待ってる

人の目を気にせず生きられたら、いいのに。人の目を気にせず愛し合えたら、いいのに。転んでもすぐ起き上がれたら、いいのに。

でも、できない。

そこで最後に出てくるのが、

無理はするな いいさ 明日を待てばいいさ

である。理想どおりにできない今日を、明日までに直せとは言わない。まあ、いいさ。明日で。この歌の力の抜け方は、そこにある。

作品情報

Track
6
制作
作詞・作曲2007年2月〜2009年9月
初出
2011年9月4日
クレジット
作詞: みゅー/作曲: みゅー

歌詞

我が道を行くと決めたはずなのに 気がつけば評価を求めている
人の目など気にせず生きられたらいいのに それでも顔色伺っている
それはそれでいいか?

下らない夢と諦めたはずなのに 気がつけばまだ追い求めている
目をつぶって心を閉ざしてしまうのではなく それでも好きなモノは好きと
胸を張って言いたい

僕は君のことが好きで 君は僕のことが好きで
見上げれば空には月で いつもと変わらない月で

自分のペースでやれよ 気楽に構えていけよ 余裕かましてコケろ
気分上々 いつも心に音楽を

人の目など気にせず 愛し合えたらいいのに それでも噂を恐れている
何度転んだってすぐに起き上がれればいいのに 立ち上がることを恐れている
無理はするな いいさ 明日を待てばいいさ

曲を読む

最初から、自分で決めたことを守れていない。

我が道を行くと決めたはずなのに 気がつけば評価を求めている
人の目など気にせず生きられたらいいのに それでも顔色伺っている
それはそれでいいか?

まず、

決めたはずなのに

である。我が道を行く。もう決めた。それなら迷わなくてよさそうだ。

でも、

気がつけば

評価を求めている。

意志が弱くなった瞬間を描くのではない。

気がついたら、もうそうしていた。そして、

人の目など気にせず生きられたらいいのに

理想は分かっている。人の目なんか気にしない。自分の道を行く。そう生きられたら、

いいのに

である。まだ、そう生きられてはいない。実際には、

それでも顔色伺っている

「それでも」が効く。理想を知っている。我が道を行くとも決めた。それでも、見る。相手の顔色を。

ここで歌が、もっと強くなれ。自分を貫け。と叱るなら、かなり普通の応援歌になる。でも出てくるのは、

それはそれでいいか?

疑問形である。いい。とはまだ言い切らない。駄目だ。とも言わない。

それはそれで、いいか?少しだけ自分を許してみようとしている。まだ自信はない。二つ目も、よく似た形だ。

下らない夢と諦めたはずなのに 気がつけばまだ追い求めている
目をつぶって心を閉ざしてしまうのではなく それでも好きなモノは好きと
胸を張って言いたい

また、

諦めたはずなのに

である。さっきは、決めたはず。今度は、諦めたはず。方向は反対なのに、どちらも守れていない。我が道を行くと決めたのに、評価を求める。

夢を諦めたのに、まだ追っている。そしてまた、

気がつけば

である。決意より、気がつけば、の方が強い。人間は自分で下した決定だけでは、きれいに動かないらしい。しかもその夢を、

下らない夢

と呼ぶ。本当に下らないと思っているのか。諦めるために、そう呼んだのか。歌詞だけでは分からない。

ただ、下らないと言った本人が、

まだ追い求めている

ことだけは確かだ。そして、

好きなモノは好きと

「モノ」は片仮名である。何が好きなのかは一つに決めない。人。音楽。仕事。

夢。生き方。いろいろ入れられる。でも重要なのは、その次だ。

胸を張って言いたい

「言う」。

ではない。

言いたい

である。まだ言えていない。いつか胸を張って、好きなものは好き、と言いたい。その願いの直後に、急に歌詞の言葉が単純になる。

僕は君のことが好きで 君は僕のことが好きで
見上げれば空には月で いつもと変わらない月で

かなり妙な二行だ。全部、

で終わる。僕は君が好き。君は僕が好き。空には月。いつもと変わらない月

文が終わらない。結論へ行かない。四つのことを、ただ横に置く。僕は君が好き。君も僕が好き。

空には月がある。その月はいつもと変わらない。それだけ。少し前まで、評価。人の目。

顔色。夢。と頭の中がかなり忙しかった。ここでは突然、説明がなくなる。

二人が互いを好きであることを、世間に正当化しようとしない。なぜ好きなのか。この関係は正しいのか。未来はどうなるのか。何も言わない。

好きで。好きで。月で。月で。かなり乱暴である。

でも、その乱暴さのおかげで、一度だけ世界が静かになる。人の評価は変わる。噂も変わる。自分の気持ちも揺れる。

でも、

いつもと変わらない月

がある。だから大丈夫だ、とまで歌詞は言わない。ただ、見上げたら今日も月だった。そのくらいで止めている。そして、いよいよこの曲らしい自分への声が出る。

自分のペースでやれよ 気楽に構えていけよ 余裕かましてコケろ
気分上々 いつも心に音楽を

急に口調が変わる。

やれよ

いけよ

コケろ

命令形である。でも内容は、頑張れ。負けるな。

ではない。

自分のペースで

気楽に

である。命令しているのに、力を抜かせようとしている。そして白眉が、

余裕かましてコケろ

普通なら、転ぶな。あるいは、転んでも立ち上がれ。と言うところだ。でも、コケろ。である。

しかも、

余裕かまして

少しくらい格好をつけたまま転べ。転ぶことそのものを、重大事件にしない。失敗を防ぐのではなく、失敗の重さを減らそうとしている。これは後半の、立ち上がれない自分、とかなり関係してくる。

その前に、

気分上々

と言う。本当に気分が上々なのか。そういう構えで行こう、ということなのか。歌詞だけでは決めなくていい。

ただ、その隣には、

いつも心に音楽を

がある。勝つこと。評価されること。夢を叶えること。

ではなく、音楽を持っておく。それくらいなら、今の自分にもできる。最後の連では、冒頭の言葉が戻ってくる。

人の目など気にせず 愛し合えたらいいのに それでも噂を恐れている
何度転んだってすぐに起き上がれればいいのに 立ち上がることを恐れている
無理はするな いいさ 明日を待てばいいさ

最初は、

人の目など気にせず生きられたらいいのに

だった。今度は、

人の目など気にせず 愛し合えたらいいのに

になる。「生きる」から、「愛し合う」へ。人の目が気になる問題は、自分一人の生き方だけではなく、二人の関係にも入り込む。そして外から来るものも変わる。

最初は、

評価

次は、

顔色

最後は、

である。評価される。目の前の相手の顔色を見る。その場にいない人たちの噂まで恐れる。「人の目」は、だんだん具体的な姿を持つ。

それでも歌詞は、周囲なんて無視しろ。とは言い切らない。また、

いいのに

である。気にせず愛し合えたらいい。でも、実際には怖い。そして次の一行がもっと不思議だ。

何度転んだってすぐに起き上がれればいいのに 立ち上がることを恐れている

転ぶのが怖い、ではない。

立ち上がること

が怖い。ここはかなり大事だと思う。転んでしまった。そのあと、起き上がればいい。理屈では分かっている。

でも立ち上がれない。なぜなら、立てばまた歩かなければならない。また人に見られる。また選ばなければならない。また転ぶかもしれない。

少なくとも、歌詞は「起き上がればいい」と知っている自分と、それでも起き上がるのが怖い自分を、同じ一行へ置く。また、理想と現実。しかもここでも、

いいのに

である。この曲には三つの「いいのに」がある。人の目を気にせず、生きられたらいいのに。人の目を気にせず、愛し合えたらいいのに

転んでもすぐ、起き上がれたらいいのに。全部、そうできたら理想だ、という言葉である。

でも、できていない。

その最後に出てくるのが、

無理はするな いいさ 明日を待てばいいさ

初めて、

いいさ

になる。「いいのに」は、今とは違う状態を望む。「いいさ」は、今の状態へ一度許可を出す。かなり違う。まだ人の目が気になる。

いいさ。噂が怖い。いいさ。立ち上がれない。

それも今日は、いいさ。しかも、

無理はするな

と先に言う。頑張って今すぐ直せ、ではない。

そして、

明日を待てばいいさ

明日になれば必ず解決する、とも言わない。明日を、待てばいい。今日の課題を今日中に全部片づけなくていい。ここまでずっと、決めたのにできない。諦めたのに追ってしまう。

好きと言いたいのに言えない。人の目を気にしたくないのに気にする。起き上がりたいのに怖い。そんな自分だった。

最後に初めて、それを矛盾のまま明日へ持っていくことが許される。題名は、「明日を待て」。

ではない。

「明日を待ってる」。もう待っている最中の名前になっている。

何かを達成した後の曲ではない。

まだ立ち上がれない今日と、次の日の間にいる歌である。本人が「白眉」と呼ぶのは、余裕を見せたまま転ぶことを勧める一節だ。転ばないことを目指すより、転んだあとまで含めて構える。その一方で、歌の最後は大げさな勝利宣言ではなく、今日は無理ならまあ明日で、くらいの温度に落ち着く。その力の抜け方がこの曲らしい。

制作背景

もともとは「我が道」と「月の数」という二つの未完曲で、どちらも『Tokyo Walker』の候補から外れていた。後から本人曰く「無理やり一曲にした」ところ、「上手くいった」。特に二曲をつなぐ部分を気に入っており、現在は「気張らず気楽に気負わず行こう」を曲のモットーとして挙げている。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。

Mutant Music史から見ると

「一歩ずつ」にも、急がないための言葉があった。

一歩ずつでいいから 進んで行こうよ 焦らなくたっていいんだから

あの曲では、進む。ただし、一歩ずつ。急がなくていい。だった。「明日を待ってる」は、さらに止まる余地を作る。

無理はするな いいさ 明日を待てばいいさ

今日は進めなくてもいい。立ち上がれなくてもいい。明日を待つ。

どちらがより成熟した考えというわけではない。

歩ける日には、一歩ずつ。立てない日には、待つ。必要な速度が違う。「Life goes on」も、自分の矛盾をきれいには直さなかった曲だった。

YESと言ったり、NOと言ったり、そうせざるを得ない自分を抱えながら、lifeは続いていく。「明日を待ってる」でも、

決めたはずなのに

できない。

諦めたはずなのに

追っている。人の目を気にしたくない。でも気にする。立ち上がりたい。でも怖い。

ただ、こちらでは最後に、正しい答えを出すことより、

いいさ

と自分へ言う。

矛盾がなくなったから許すのではない。

矛盾している今日に、そのまま一晩ぶんの猶予を与える。そして『茜空』の曲順では、直前が disturb である。あの曲では、

二つの愛に挟まれて 息もできない程に 鼓動揺らす

と、かなり切迫していた。待っている。戻れない。逃れられない。愛を誓う。

それでもまた揺れる。その次に、

僕は君のことが好きで 君は僕のことが好きで
見上げれば空には月で いつもと変わらない月で

という、ひどく単純な二行が来る。アルバムの流れとして聴けば、複雑な愛の配置から、好き。好き。月。月。

へ急に降りてくる。さらに最後は、今すぐ答えを出せ、ではなく、明日を待てばいい。になる。ただし「明日を待ってる」は、2007年から2009年までの未完曲を接合して成立した曲であり、disturb の問題に答えるために後から書いた、という一方向の制作史にはできない。

違う時期の言葉を一枚のアルバムへ並べたことで、結果として、息のできない夜の次に、気楽に待つ夜が置かれた。その対照として見る方がいい。この曲が面白いのは、「我が道」を歌っているのに、最後まで堂々と我が道を歩けてはいないところだと思う。評価が気になる。顔色を見る。

噂が怖い。転ぶ。立てない。それでも、好きなモノは好き、と言いたい。自分のペースで行きたい。

今日できなければ、明日を待ちたい。全部、中途半端である。でもこの歌は、その中途半端さを克服してから始めようとはしない。

それはそれでいいか?

と聞き、最後には、

いいさ

と言う。その二つの間にあるわずかな変化が、この曲にとっては十分なのだと思う。

クレジット

作詞
みゅー
作曲
みゅー