Thank you,Sunshine

骨まで溶けそう。

肌は焦げる。風が吹けば干涸びそう。太陽は、かなり迷惑である。それなのに、

Thank you, Sunshine!

と言う。しかも、そのうち自分まで太陽になろうとし、最後には君の方が太陽より眩しくなる。誰が誰を照らしているのか。だんだん分からなくなる。そのくらい光が飛び交っている歌だ。

作品情報

Track
2
制作
2006年12月-2007年7月
初出
2008年3月17日
クレジット
作詞: みゅー/作曲: みゅー

歌詞

今年の夏も太陽は熱く照らして おれは骨まで溶けてしまいそうだ
これ見よがしにセミどもがわめき散らして おれも負けじと盛り上がっていこう

先入観 取っ払ったら Woh Woh Woh
Then you can 何でも出来る Yeah Yeah Yeah

諦めの言い訳も もうネタが尽きたから
自信家になり ガチンコを燃やし おれは強くなる

恋をした 今おれはキラキラ光ってる? 太陽の様に眩しく君を照らしつける
Thank you, Sunshine! お天道様 キラキラ眩しくて
目も眩んじゃう位に この肌焦がしつける
I love you so 今 風が吹いた 干涸びちゃいそう
笑った分だけ幸せだ

今日も燦々 太陽は働き過ぎで 君は今にも溶けてしまいそうだ
これと言って楽しいことない世の中だけど 君を見てると楽しくなっちゃうよ

Shall we dance? 一緒に踊ろう Bay Baybe
最高ざんす いつも二人で Yeah Yeah Yeah

悩み事や 溜め息はきっと尽きないもんだから
泣くな笑え まずは笑え それで強くなる

恋をした 今の君はキラキラ光って 太陽より眩しくおれを照らしつける
I love you so いっぱい涙も降った
You got to be so strong
笑わせることが生き甲斐だ

絶頂感 味わったら Woh Woh Woh
Yes, you can 何でも出来る Yeah Yeah Yeah

どんな雨曇の上でも 太陽は燃えてるんだから
焦ることない 陰ることない想いがあるんだ
おれの隣 君は隣 おれを強くする

恋をした 今の君はキラキラ光って 太陽より眩しくおれを照らしつける
Thank you, Sunshine! お天道様 様々 感謝してる
今日もこの身体に生命みなぎってくるよ
I love you so 君を抱きしめて 眠れなさそうこの胸高鳴って
I love you so笑顔眩しくてYou got to be so strong
今が最高に幸せだ

曲を読む

夏は、爽やかには始まらない。

今年の夏も太陽は熱く照らして おれは骨まで溶けてしまいそうだ
これ見よがしにセミどもがわめき散らして おれも負けじと盛り上がっていこう

まず、

骨まで溶けてしまいそうだ

である。暑い。

という程度ではない。

骨まで行く。そして蝉は、

セミども

と呼ばれ、

わめき散らして

いる。ずいぶん騒がしい。

ところが、それをうるさいと嫌がるのではなく、

おれも負けじと

となる。蝉と張り合う。太陽にも蝉にも圧倒されているのに、その過剰さをそのまま自分の勢いへ変えてしまう。この歌の「おれ」は、かなり騒がしい。そこで最初の掛け声が来る。

先入観 取っ払ったら Woh Woh Woh
Then you can 何でも出来る Yeah Yeah Yeah

何でもできる。ただし条件がある。

先入観 取っ払ったら

である。

最初から自信満々なのではない。

頭の中にある何かをまず取っ払う。そのあと、Woh Woh WohYeah Yeah Yeahと、自分で景気をつける。そして、諦めない理由が少し妙だ。

諦めの言い訳も もうネタが尽きたから
自信家になり ガチンコを燃やし おれは強くなる

諦める理由がなくなった、ではない。

言い訳も もうネタが尽きた

である。ずいぶん後ろ向きなところから前向きになる。諦めようとはした。

でも、もう言い訳の在庫がない。

じゃあ自信家になるか。そんな順番だ。そして、

自信家になり ガチンコを燃やし

意味だけを追うと、かなり変な言葉である。ガチンコを燃やすとは何なのか。正本はそのままそう書いている。この妙な一行の事情は制作秘話へ置くとして、歌詞だけ見ても、まっすぐな自己啓発の文にはなっていない。

少しふざけながら、

おれは強くなる

へ突っ込んでいく。その強さが、最初のサビでは恋と光になる。

恋をした 今おれはキラキラ光ってる? 太陽の様に眩しく君を照らしつける
Thank you, Sunshine! お天道様 キラキラ眩しくて
目も眩んじゃう位に この肌焦がしつける
I love you so 今 風が吹いた 干涸びちゃいそう
笑った分だけ幸せだ

ここでまず、

今おれはキラキラ光ってる?

である。恋をした。だから輝いている。と言い切らない。光ってる?

と聞く。自分ではよく分からないらしい。

でも、その直後には、

太陽の様に眩しく君を照らしつける

と言う。光っているかどうか確信もない人が、もう君を照らそうとしている。しかも、

太陽の様に

である。

この時点のおれは、太陽そのものではない。

太陽を真似している。

一方、本物の太陽はかなり乱暴だ。目を眩ませる。肌を焦がす。さらに風が吹けば、

干涸びちゃいそう

になる。溶ける。焦げる。干涸びる。身体の状態が忙しい。

それでも、

Thank you, Sunshine!

なのである。何に感謝しているんだ、と少し思う。でも最後には、

笑った分だけ幸せだ

と来る。

「幸せだから笑う」だけではない。

笑った分だけ幸せ。幸せを量る単位が、笑った量になっている。

世界が快適だったかどうかではない。

太陽に焼かれていても、風で干涸びそうでも、笑った分は幸せとして数える。二番になると、太陽はますます働かされる。

今日も燦々 太陽は働き過ぎで 君は今にも溶けてしまいそうだ
これと言って楽しいことない世の中だけど 君を見てると楽しくなっちゃうよ

太陽は働き過ぎ

という言い方がいい。太陽が照ることを、労働として見ている。しかも働き過ぎなので、今度は君まで溶けそうだ。そして、この歌は世の中そのものを明るいとは言わない。

これと言って楽しいことない世の中

である。けっこう身も蓋もない。でも、

君を見てると楽しくなっちゃうよ

となる。

世界が楽しいのではない。

君を見ると、自分が楽しくなる。世界全体の評価と、自分の反応を分けている。そこで、急に踊り出す。

Shall we dance? 一緒に踊ろう Bay Baybe
最高ざんす いつも二人で Yeah Yeah Yeah

英語。日本語。Bay Baybe。「最高ざんす」。Yeah Yeah Yeah

かなり混線している。整った告白文を書こうという気が、あまりない。楽しいので、言葉まで踊っている。

ただ、この勢いで悩みが消えたわけではない。

悩み事や 溜め息はきっと尽きないもんだから
泣くな笑え まずは笑え それで強くなる

ここで、さっきの、

ネタが尽きた

が少し違う形で戻る。諦めるための言い訳は、尽きた。でも、

悩み事や 溜め息はきっと尽きない

のである。なくなるものと、なくならないものが逆だ。

悩みが尽きたから前向きになるのではない。

悩みは尽きない。それに対して、諦めるためのネタの方が先になくなった。それなら、

泣くな笑え まずは笑え

となる。かなり乱暴である。泣いている人に、とりあえず笑え、と言う。それで本当にいいのか、とも思う。

ただ、この歌は後で、

いっぱい涙も降った

とも言う。だから、涙そのものを存在しなかったことにはしない。

泣かなかった人が強いわけではない。

涙も降った。悩みも尽きない。それでも、まずは笑え。である。理屈より先に顔を動かす。

この歌はそういうやり方を選ぶ。そして二度目のサビでは、光の向きが完全に反転する。

恋をした 今の君はキラキラ光って 太陽より眩しくおれを照らしつける
I love you so いっぱい涙も降った
You got to be so strong
笑わせることが生き甲斐だ

最初は、

今おれはキラキラ光ってる?

だった。疑問符があった。今度は、

今の君はキラキラ光って

である。疑問符がない。おれが光っているかどうかは、自分では自信がない。でも君が光っていることは言い切れる。

さらに最初のおれは、

太陽の様に

君を照らそうとしていた。君は、

太陽より

眩しい。「様に」。から、「より」。へ変わる。おれは太陽を真似する。

君は太陽を超える。かなり負けている。

でも、それでいいらしい。

最初は自分が君を照らすつもりだった。ところが実際には、君がおれを照らしていた。だから、

笑わせることが生き甲斐だ

も、一方的に相手を救う人の言葉だけではない。

笑わせたい相手から、自分も光をもらっている。照らす。照らされる。笑わせる。笑わされる。

その方向は固定されない。そして、あの「何でも出来る」がもう一度来る。

絶頂感 味わったら Woh Woh Woh
Yes, you can 何でも出来る Yeah Yeah Yeah

最初は、

先入観 取っ払ったら

だった。今度は、

絶頂感 味わったら

になる。先入観。絶頂感。音も少し似ている。でも一方は頭の中にあるものを取り除く話で、もう一方は身体ごと頂点へ行くような言葉だ。

そして英語も、Then you canから、Yes, you canへ変わる。最初は、それなら何でもできる。だった。今度は、そう、何でもできる。になる。

理屈が増えたというより、テンションが上がった。そのくらいの変化に見える。終盤では、太陽が雲の向こうへ回る。

どんな雨曇の上でも 太陽は燃えてるんだから
焦ることない 陰ることない想いがあるんだ
おれの隣 君は隣 おれを強くする

正本では、

雨曇

と書かれている。

現在のみゅーのセルフライナーでは、この発想を「雨雲」と説明している。表記がなぜ違うのかは、今回の資料からは分からない。歌詞は直さず、そのまま読む。雲で見えなくても、その上では太陽が燃えている。見えないことと、なくなることは違う。

そこから、

焦ることない 陰ることない想い

へ移る。「焦る」と「陰る」。人の気持ちの言葉と、光の言葉が隣に置かれる。そして最後には、

おれの隣 君は隣

という、かなり重複した文が来る。おれの隣に君がいる。と言えば済む。でも、おれの隣。君は隣。

と二度「隣」を置く。太陽は空の遠くにいる。でも君は、隣。強さの根拠が、だんだん近くなる。最後のサビでは、それまでの言葉が一気に流れ込む。

恋をした 今の君はキラキラ光って 太陽より眩しくおれを照らしつける
Thank you, Sunshine! お天道様 様々 感謝してる
今日もこの身体に生命みなぎってくるよ
I love you so 君を抱きしめて 眠れなさそうこの胸高鳴って
I love you so笑顔眩しくてYou got to be so strong
今が最高に幸せだ

今度の太陽への言葉は、

お天道様 様々 感謝してる

である。「様」が続く。少し駄洒落みたいにも聞こえる。そして太陽の光は、とうとう、

この身体に生命みなぎってくる

ところまで入ってくる。光。熱。生命。笑顔。

胸の高鳴り。全部が身体へ押し寄せる。そのせいか、

眠れなさそう

である。元気になりすぎた。しかも最後から二行目は、

I love you so笑顔眩しくてYou got to be so strong

英語と日本語の間の空白までなくなる。整えて話す余裕がないみたいに、一息で突っ込んでいく。そして、

今が最高に幸せだ

で終わる。これが永遠に最高だ、とは言わない。

今が

である。太陽は熱すぎる。悩みも溜め息も尽きない。涙も降った。それでも、今。

隣に君がいる。笑っている。身体には生命がみなぎっている。だから、今が最高。そういうかなり瞬間的な幸福だ。

Thank you の相手は、歌詞の上ではまずお天道様である。でも光は、太陽からおれへ、おれから君へ、君からおれへと何度も行き来する。

誰か一人が光源ではない。

もらった明るさを、また隣へ返す。その騒がしい往復全体が、この曲の Sunshine なのだと思う。

一つの音楽的系譜へきれいに整理しない方が、この曲には合っている。B'zからキン肉マン、John Lennon、深田恭子まで同じ制作机へ並ぶ。その節操のなさが、むしろMutant Musicらしい。太陽に骨まで溶かされそうな歌を作りながら、現実ではギターで指から血を出していたというのも、少しやりすぎでいい。

制作背景

本人曰く「実は冬にできた夏の歌」。冬の空っ風から始まった感覚に、翌夏の日傘や「溶ける/焦げる」という実感が加わり、完成版では同じ夏の中へ入った。アレンジの参照先はB'z、吉井和哉、キン肉マン、John Lennon、深田恭子までかなり自由に散らばっている。ギターは「めっちゃ練習した」結果、「指から血が出た」という。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。

Mutant Music史から見ると

『Tokyo Walker』の一曲目「はじまり」は、

そう 今日 僕は 恋に落ちました

という、かなり静かな報告から始まった。そして、

夢じゃないんだよな?

と、本当に起きたことなのか確かめていた。二曲目の「Thank you,Sunshine」も、

恋をした

から始まる。でも声の大きさがまるで違う。「はじまり」は、僕。恋に落ちました。夢じゃないよな。

だった。こちらは、おれ。蝉に負けるな。踊ろう。何でも出来る。

太陽より眩しい。今が最高に幸せだ。かなり音量が上がっている。ただし、これを恋に慣れて自信がついた成長物語にはしない方がいい。「Thank you,Sunshine」の制作期間は2006年12月から2007年7月にまたがり、「はじまり」も2006年12月制作である。

少なくとも保存されている月だけでは、前の曲を経験した結果こちらへ進化した、とは言えない。アルバムに並べたことで、小さな確認。

次に、大きな高揚。という順番になった。しかも、こちらにも疑問符は残っている。

今おれはキラキラ光ってる?

である。騒がしくなっても、自分の光についてはまだ確認している。その一方で、君については、

今の君はキラキラ光って

と断定する。自分より相手の光の方がよく見える。そこは「はじまり」にあった不確かさと、それほど遠くない。もっと前の「笑顔のち夏」と並べると、夏と笑顔の置かれ方もかなり違う。「笑顔のち夏」では、季節が変わる寂しさや、人が変わる哀しさを抱えながら、笑顔と夏を結びつけていた。

「Thank you,Sunshine」の夏は、もっと現在形だ。太陽が照る。蝉がわめく。風が吹く。君は隣にいる。

笑わせる。踊る。抱きしめる。同じ夏でも、記憶を保存する季節だけではなく、身体を今すぐ動かす熱になる。だからといって、こちらが明るい完成版ということでもない。

この歌自身が、

これと言って楽しいことない世の中

と言う。

悩み事や 溜め息はきっと尽きない

とも言う。

いっぱい涙も降った

とも言う。

明るいから、暗いものがなくなったわけではない。

むしろ暗いものをかなり残したまま、笑え。踊ろう。強くなる。と騒いでいる。そこが、この曲の明るさだと思う。

太陽も、優しい象徴ではない。

骨を溶かす。肌を焦がす。目を眩ませる。それでも、

Thank you, Sunshine!

と言う。

明るさは、傷つかないことではない。

かなり眩しくて、かなり暑くて、少し無理をしながら、それでも誰かと笑っている。

『Tokyo Walker』の序盤には、そんな種類の幸福もある。

クレジット

作詞
みゅー
作曲
みゅー