真実の口

もう! 気付かなければ良かった

と思ったすぐあとで、

でも気付けてよかった

と言う。そして最後には、

やっと気付いたんだ もっと早く気付ければ良かった

とまで言う。どれなんだ、と言いたくなる。たぶん、どれもなのだ。「真実の口」が歌っているのは、迷いのない真実ではない。気づいてしまったことを後悔し、それでも気づけたことを喜び、最後にはもっと早く知りたかったとまで思う。

その全部を「本当の気持ち」と呼ぼうとしている。

作品情報

Track
11
制作
2006年6月
初出
2006年9月4日
クレジット
作詞: みゅー/作曲: みゅー

歌詞

気付いて 隠した 気付かない振りをしていた
もう! 気付かなければ良かった
本当の気持ち

気付いて仕舞った 本当は気付いていた
でも気付けてよかった
本当の気持ち

伝えたいこと ただ一つ 伝えたい人 ただ一人
だけど だけど
本当のことを言うのは とっても勇気がいることだから

偽る心を持つものが 差し入れたその手首を
噛みちぎるとか噂されている
真実の口

それなら僕は喜んで この手首を差し入れよう
僕が唄うことは 全て真実だから

やっと気付いたんだ もっと早く気付ければ良かった
もう後戻りはできない
本当の気持ち

もう恐れない 真実の口

曲を読む

最初から、気づくという動詞が忙しい。

気付いて 隠した 気付かない振りをしていた
もう! 気付かなければ良かった
本当の気持ち

気づいた。隠した。気づかないふりをした。

つまり、知らなかったわけではない。

自分で一度見つけたものを、自分で隠している。しかも、

気付かなければ良かった

とまで言う。真実というと、普通は知った方がいいもののように聞こえる。

でも、この歌では逆だ。

知らなければ楽だった。少なくとも最初は、そう思っている。ところが次の連で、話がひっくり返る。

気付いて仕舞った 本当は気付いていた
でも気付けてよかった
本当の気持ち

「気付いて仕舞った」。しまった。気づいてしまった。やってしまった。少し後悔の匂いがある。

でも、その直後には、

気付けてよかった

である。気づかなければよかった。気づけてよかった。同じ出来事を、災難と幸運の両方として語っている。

さらに、

本当は気付いていた

という一行まである。

新しい感情が突然生まれたのではない。

ずっと知っていた。ただ、それを「知っている」と認めたくなかった。そう考えると、ここでの「本当の気持ち」は、気持ちの中身よりも、自分がそれを認めるまでの攻防の方に重心がある。しかも「本当の気持ち」と三度言うのに、その中身は書かない。好きだとも。

愛しているとも。相手の名前も。書かない。ただ、「本当の気持ち」。そこだけ空欄のように残る。

何を伝えたいかは、もう一つに決まっているらしい。誰に伝えたいかも、一人に決まっている。

伝えたいこと ただ一つ 伝えたい人 ただ一人
だけど だけど
本当のことを言うのは とっても勇気がいることだから

ここがいい。「ただ一つ」。「ただ一人」。ここまで絞れている。

それなのに、

だけど だけど

で止まる。接続詞だけ二回。何につなぐのか分かっているのに、口が進まない。そして、

だから

まで言って、また止まる。「勇気がいることだから」。だから、何なのか。だから言えない。だから言う。

そのどちらにも行けるところで文が切れている。告白できない人を説明するのではなく、文章そのものが告白の直前でつっかえている。そこで、急に「真実の口」が出てくる。

偽る心を持つものが 差し入れたその手首を
噛みちぎるとか噂されている
真実の口

真実を判定する恐ろしい装置。

なのに、その説明が、

噛みちぎるとか噂されている

である。「とか」。「噂されている」。真実を裁くはずのものについて、こちらが持っている情報はずいぶん曖昧だ。本当に噛むのかどうかすら、よく分からない。

このねじれが面白い。絶対的な真実の機械が出てきたかと思ったら、その機械自体が噂話の上に立っている。しかも条件は、

偽る心を持つもの

である。

嘘を言った人、ではない。

偽る心を持つ人。それなら、この歌の主人公は最初からかなり危ない。気づいた。隠した。気づかないふりをした。

自分の心に対して、もう偽っている。

潔白な人が手を入れる話ではない。

偽っていた自覚のある人が、それでも手を差し出そうとする。

それなら僕は喜んで この手首を差し入れよう
僕が唄うことは 全て真実だから

「仕方なく」でも「勇気を出して」でもない。

喜んで

である。ずいぶん景気がいい。さっきまで「だけど だけど」と止まっていた人とは思えない。少し強がりにも聞こえる。

でも、ここでさらに大事なのは、

僕が唄うことは 全て真実だから

の主語と範囲だと思う。

「僕はいつも真実を言う」ではない。

「僕という人間は嘘をつかない」でもない。本人はすでに、隠したり、気づかないふりをしたりしている。真実だと言い切るのは、僕が唄うことだけだ。日常では隠す。言葉では止まる。

でも歌の中なら出せる。歌うという行為だけを、普段の自分とは少し別の場所に置いている。だからこの一行は、自分の人格を保証する宣言ではない。むしろ逆だと思う。普段の自分は信用できない。

それでも、歌にしてしまった気持ちだけは信じたい。そのための手首なのだ。そして、終盤でもう一度「気付く」に戻る。

やっと気付いたんだ もっと早く気付ければ良かった
もう後戻りはできない
本当の気持ち

最初は、

気付かなければ良かった

だった。今度は、

もっと早く気付ければ良かった

になる。完全に反対だ。

でも、どちらかが間違いだったわけではない。

知った瞬間には、知らなければよかったと思った。認めたあとでは、もっと早く知りたかったと思った。人の気持ちは、案外それくらい勝手に過去を書き換える。そして、

もう後戻りはできない

となる。

何か大事件が起きたわけではない。

まだ相手へ伝えたとも書かれていない。返事もない。

戻れなくなったのは、関係ではない。

自分の中だ。一度、これは自分の本当の気持ちだ、と認めてしまった。そこから「知らなかった自分」へは戻れない。最後はさらに短い。

もう恐れない 真実の口

この歌には「もう」が何度か出てくる。最初は、

もう!

苛立ちだ。次は、

もう後戻りはできない

時間を切る「もう」。最後は、

もう恐れない

決意の「もう」。同じ二文字が、苛立ちから不可逆性へ、それから覚悟へ動いていく。ただし、「恐れなくなった」と過去形で報告しているわけではない。

恐れない

である。これから恐れない。そう言い聞かせているようにも聞こえる。

だから、この曲は真実を言い終えた歌ではない。

手首を差し出した結果も書かない。相手が何と答えるかも書かない。肝心の「本当の気持ち」さえ明文化しない。そこまで来て、もう恐れない、と言って終わる。真実の内容ではなく、真実を持っている自分からもう逃げない。

その地点までを歌っている。「真実の口」が守っているのは、きれいに一つへ整った気持ちではないのだと思う。気づかなければよかった。気づけてよかった。もっと早く気づけばよかった。

全部ある。その全部を嘘にせず、歌の中へ置く。それがこの曲で言う「真実」なのかもしれない。

この歌の「真実」は、立派な人間が自分の誠実さを保証する宣言ではない。惚れやすく、冷めやすく、自分もフラフラしている。その自覚のある人が、それでも歌だけは信じたいと言っている。現実の告白と返事は曲を書いた後に起きたことで、歌の中は「もう恐れない」で止まる。その先を後から曲へ戻さない方がいい。

制作背景

1st albumの中で最後に書かれた表題曲。嘘つきが手を入れると噛まれるという「真実の口」の伝承に触れ、本人は「僕は真っ先に食われてしまうだろうな」と思ったという。自分自身も頼りないからこそ、せめて歌に込めた気持ちは信じたいという思いをアルバムの中心へ置いた。「おてがみ」の「勇気」とサビのメロディーを意識的に呼び戻し、「これでアルバムがひとめぐりする」と本人は説明している。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。

Mutant Music史から見ると

アルバムの中だけを見れば、「真実の口」は最初の「おてがみ」へ戻って終わる。「おてがみ」では、

君がくれた勇気は
今も僕を動かしています

と歌った。誰かからもらった勇気だった。表題曲では、その勇気が、

本当のことを言うのは とっても勇気がいることだから

と、言葉を差し出す直前へ置かれる。勇気をもらうところから始まり、その勇気を使おうとするところまで来た。本人がサビの旋律まで「おてがみ」へ戻したのは、その輪を意識していたからだという。ただし、アルバムが輪になったからといって、話まできれいに解決したわけではない。

「真実の口」は、自分の歌は真実だ、と言うことはできた。でも、真実を言えば望んだ答えが返ってくる、とは歌っていない。実際、その後の出来事を現在のみゅーが振り返ると、そこから次のアルバム『約束の場所』へつながる、かなり別の問いが生まれたという。自分が本当のことを言う。

それと、相手の言葉を信じられるか。期待した未来が実現するか。約束は守られるのか。これは別の問題だった。

1st albumでは、「僕が唄うことは 全て真実だから」。自分の側から出す言葉を信じようとした。2nd albumでは、約束、期待、ガセ、思わせぶりといった、外からやってくる言葉の方が気になっていく。もちろん、「真実の口」を作った瞬間から2nd albumまで計画されていたわけではない。アルバムを完成させ、その後に現実の出来事があり、そのあと別の曲を書いていった。

並べたときに、問いの向きが変わって見えるだけだ。だから「真実の口」は、Mutant Musicがついに正しい真実へ到達した歌ではない。むしろ、かなり危なっかしい宣言である。自分でも自分を信用し切れない。真実の口の伝承だって「とか噂されている」にすぎない。

本当の気持ちの中身も書けない。それでも、歌うことだけは真実だと言ってみる。手首まで差し出してみる。そこまで言わなければ、自分の気持ちを信じられなかった。その切実さが、この曲にはある。

そして、曲が最後まで教えてくれないものもある。真実を言ったら、どうなるのか。そこから先は、歌の仕事ではなかった。

クレジット

作詞
みゅー
作曲
みゅー