おてがみ
「元気にしてますか?」。ずいぶん普通の手紙である。
ところが、この歌は少し妙だ。相手に近況を知らせているはずなのに、書けば書くほど、むしろこちらが相手から励まされていく。返事はまだ届いていない。それでも、いつの間にか返事まで成立している。
作品情報
- 収録作品
- 1st album『真実の口』
- Track
- 1
- 制作
- 2006年5月
- 初出
- 2006年9月4日
- クレジット
- 作詞: みゅー/作曲: みゅー
歌詞
ハロー ハロー ハロー
元気にしてますか?
僕は相も変わらず元気です
ハロー ハロー ハロー
君がくれた帽子は
今も大事にかぶっています
夕暮れ時に 吹く風に
時折 孤独に負けそうになるけど
Ah 今 君の声が聞こえた
「がんばれよ、負けるなよ!」
ハロー ハロー ハロー
涙なんてものは
そう簡単に 拭えはしないけど
ボロアパートに 雨吹き付ける夜に
絶望を感じることもあるけど
Ah 今 君の笑顔が浮かぶ
「がんばるよ、負けないよ!」
ハロー ハロー ハロー
君がくれた勇気は
今も僕を動かしています
ハロー ハロー ハロー
元気にしてますか?
君は 僕の心の中に生きている
僕は相も変わらず元気です
曲を読む
最初の三行は、本当に手紙の書き出しみたいだ。
ハロー ハロー ハロー
元気にしてますか?
僕は相も変わらず元気です
「おてがみ」という柔らかな題名に対して、出てくるのは「拝啓」でも「元気でやっています」でもなく、「ハロー」を三回。文字を書いているというより、遠くにいる誰かへ声を投げている感じがする。
しかも、「元気にしてますか?」と尋ねたそばから、自分で「僕は相も変わらず元気です」と答えてしまう。相手の返事を待たずに進んでいく。手紙だから当然なのだけれど、この一方通行ぶりが、かえって距離を感じさせる。もっと妙なのは、その「元気」が、あまり元気ではないことだ。
夕暮れの風に吹かれれば「孤独に負けそう」になる。涙なんて簡単には拭えない。ついには、
ボロアパートに 雨吹き付ける夜に
絶望を感じることもあるけど
とまで言う。それで「相も変わらず元気です」は、さすがに無理がある。
でも、たぶんこの無理がいい。
元気だと言ったあとで、本当は孤独だし、泣いているし、絶望する夜もあると書いてしまう。だからといって最初の「元気です」を撤回もしない。元気か絶望か、どちらか一つを本心に決める必要はないのだろう。少なくともこの手紙を書いているあいだは、両方とも本当なのだ。そこで効いてくるのが「けど」である。
時折 孤独に負けそうになるけど
そう簡単に 拭えはしないけど
「けど」の前にあることは、なくならない。孤独も涙も、そのまま残る。ただ、文章をそこで終わらせない。その先で聞こえてくる。
Ah 今 君の声が聞こえた
「がんばれよ、負けるなよ!」
本当に声が聞こえたのか、思い出したのか。それは歌詞だけでは分からないし、決めなくていいと思う。ただ、この声が入ってきたことで、それまで一人で書いていた手紙に、初めて相手の言葉が現れる。そして次は、声ではなく笑顔が浮かぶ。
Ah 今 君の笑顔が浮かぶ
「がんばるよ、負けないよ!」
ここはやっぱり、この歌でいちばん好きなところだ。「がんばれよ」が「がんばるよ」になる。 「負けるなよ」が「負けないよ」になる。ほとんど同じ言葉なのに、命令が返事へ変わっている。
しかも語尾の「よ」は残る。だからこれは、自分だけに言い聞かせる自己暗示ではない。「分かったよ。がんばるよ」と、まだ君に向かって返している。
そう考えると、「おてがみ」は僕から君への手紙だけではないのかもしれない。君からかつてもらった言葉への、ずいぶん遅い返信でもある。その往復を、もっと具体的なものが支えている。
君がくれた帽子は
今も大事にかぶっています
帽子をしまっている、ではない。まだ「かぶっています」。過去の記念品として箱に入れておくのではなく、現在の身体にくっついている。そして終盤では、
君がくれた勇気は
今も僕を動かしています
となる。「君がくれた」「今も」が、帽子と勇気の両方にかかっている。
片方は目に見えて、片方は見えない。でも、どちらも現在形で働いている。帽子はいまもかぶっているし、勇気はいまも僕を動かしている。なんだかずいぶん素朴な言葉なのだけれど、この二つを並べたことで、誰かからもらったものが、その人と離れたあとにも生活の中で働き続ける感じがよく出ている。
外の景色は、夕暮れから雨の夜へ暗くなっていく。朝も来ないし、雨も上がらない。それでも歌の中では、「負けるなよ」が「負けないよ」に変わる。
世界が明るくなったから元気になったわけではない。
雨は降ったままでいいらしい。そして最後に、また最初の言葉へ戻る。
元気にしてますか?
君は 僕の心の中に生きている
僕は相も変わらず元気です
最初に聞いた「元気です」と、もう同じには聞こえない。孤独にも負けそうになる。泣いている。絶望する夜もある。それでも帽子をかぶって、声を思い出して、「負けないよ」と返事をしている。
そういう全部をひっくるめて、「相も変わらず元気です」。ずいぶん不器用な近況報告だけれど、手紙というのは、案外これくらいでいいのかもしれない。音をきれいに整えるというより、その夜の部屋まで一緒に録れてしまった。作者は演奏ミスまで「逆にいい感じ」と振り返っている。完成度を高めるために時間を消すのではなく、その場の時間ごと残した録音として聴くと、ファーストアルバムの一曲目として案外よくできた始まり方に思える。
制作背景
1st albumの一曲目として書かれ、上京直後の六畳一間で、MTRやMDウォークマン、安いエレアコや借り物の楽器を使って制作された。曲を始めるハーモニカは父から譲られたもので、この曲には父への返事という側面もあったという。録音はギター、ハーモニカ、歌を同時に始める一発録りで、ソファーのきしみや演奏ミスまでそのまま残った。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。
Mutant Music史から見ると
『真実の口』の最後まで聴くと、「おてがみ」の「勇気」はもう一度出てくる。表題曲「真実の口」について、作者は後年、「勇気」という言葉を「おてがみ」から持ってきたこと、さらにサビのメロディーもセルフパロディーにしたことを明かしている。これは「おてがみ」が何かを予告していたという話ではない。順番は逆だ。あとから作られた表題曲の方が、アルバムの入口へ戻ってきた。
「おてがみ」では、
君がくれた勇気は
今も僕を動かしています
と、勇気は誰かから受け取るものだった。「真実の口」では、その勇気を使って、今度は自分の「本当の気持ち」を差し出そうとする。受け取った勇気で始まったアルバムが、誰かへ言葉を差し出す勇気で閉じる。最初からそんな円環を設計していたわけではない。それでも、あとから最後の曲が最初の曲を振り返ったことで、アルバムにはひとつの輪ができた。
もう一つ、ずいぶん後になって妙に同じ言葉が戻ってくる。
『茜空』の「元気日和」は、最後にこう歌う。「僕は相変わらず元気だよ」。「おてがみ」の最後は、「僕は相も変わらず元気です」。言葉はほとんど同じだ。でも使い方は少し違う。
「おてがみ」の「元気です」は、遠くの誰かへ送る近況報告だった。孤独も絶望もあるけれど、それでも僕はここでやっているよ、と知らせる言葉だった。「元気日和」では、その同じ言葉を何度も自分に言い聞かせながら、本当に元気なところまで少しずつ戻っていく。昔は誰かへ送っていた「元気です」が、何年か後には自分自身へ返ってくる。そう考えると、Mutant Musicの最初の一曲が「おてがみ」だったことは、なかなか面白い。
最初から一人で何かを宣言したわけではなかった。誰かにもらった帽子をかぶり、誰かにもらった言葉を思い出し、それに「負けないよ」と返事をする。ファーストアルバム『真実の口』は、まず返事を書くところから始まった。
クレジット
- 作詞
- みゅー
- 作曲
- みゅー