I love you, I need you

君が歌う。

それを聞いて、希望が顔を出す。夜が明ける。そして、

今 僕も 歌い出すよ

僕も歌う。この歌では、自分一人の決意から何かが始まるのではない。誘われる。運ばれる。憧れる。

必要とする。そうやって誰かに動かされた人が、やがて自分でも、夢を描く。現実に変える。歩き出す。

でも最後まで、I need youは消えない。自分で歩けることと、誰かを必要とすること。どうやら、その二つは同時にあっていいらしい。

作品情報

Track
8
制作
作詞・作曲2008年6月
初出
2011年9月4日
クレジット
作詞: みゅー/作曲: みゅー

歌詞

君の歌声に 誘われて
希望が 顔出した
君の歌声に 運ばれて
夜が 明けてゆくよ

君の歌声は 優しくて
笑顔が あたたかくて
君の歌声に 憧れて
今 僕も 歌い出すよ

ああ 僕の来た道を 振り返り
嘆くのは たやすいけど
ああ 君とゆく道が もうすでに
目の前に あることは
誰も 知らないだろう

I love you, I need you
晴れの日も 雨の日も あるけれど
I love you, I need you
今 君と 歩き出すよ

君の生き方に 憧れて
もう一度 夢描いて
君の生き方に 誘われて
現実に 変えてゆくよ

ああ 道は不確かで
果てしなく どこまでも 続くけど
ああ 君と二人なら
わけもなく 恐れることなどない
不安にも 負けないんだよ

I love you, I need you
晴れの日も 雨の日も そばにいて
I love you, I need you
時を越え 今 二人 歩き出す

I love you, I need you
坂道も 悲しみも あるけれど
I love you, I need you
誰よりも 愛してるよ

また 夜が明けるから
今 僕も歌い出すよ

曲を読む

最初に動いているのは、僕ではない。

君の歌声に 誘われて
希望が 顔出した
君の歌声に 運ばれて
夜が 明けてゆくよ

まず、

誘われて

である。僕が希望を探しに行く、ではない。

君の歌声に誘われる。すると、

希望が 顔出した

希望を作った、でもない。顔を出した。どこかに隠れていたものが、ちょっと覗く。そんな動詞である。

いきなり全快する感じではない。

そしてもう一度、

君の歌声に 運ばれて

今度は「誘われる」よりさらに受け身だ。運ばれる。その結果、

夜が 明けてゆくよ

僕が夜を終わらせるのでもない。夜の方が、明けてゆく。かなり他力である。

でも、この歌ではそれを恥じない。

君の声に運ばれて朝になるなら、まずはそれでいい。二つ目の連でも、まだ君の声が先にある。

君の歌声は 優しくて
笑顔が あたたかくて
君の歌声に 憧れて
今 僕も 歌い出すよ

優しい。あたたかい。そこまでは、君の側の話である。でも三行目に、

憧れて

が来る。「誘われて」や「運ばれて」と少し違う。憧れには、自分からそちらを向く感じがある。そして、

僕も

である。君が歌っている。だから、僕歌う。一人で再起動するのではなく、別の声へ自分の声を重ねる。

ここで初めて、

歌い出す

という、自分の動作が出てくる。しかも、

だ。いつか歌えるようになったら。元気になったら。準備が整ったら。

ではない。

今。歌い出す。そのあと、視線は過去と未来へ分かれる。

ああ 僕の来た道を 振り返り
嘆くのは たやすいけど
ああ 君とゆく道が もうすでに
目の前に あることは
誰も 知らないだろう

過去については、

僕の来た道

である。もう来た道。振り返ることができる。そして、

嘆くのは たやすい

という。嘆いてはいけない、とは言わない。簡単だ、と言う。

一方、未来の方は少し変だ。

君とゆく道が もうすでに

目の前に ある

まだ歩いていない道なのに、

もうすでに

ある。未来なのに、すでに目の前。時間が少し重なっている。しかも、

誰も 知らないだろう

である。目の前にある。でも誰も知らない。見えているのに、まだ公には存在していないような道でもある。この歌は、未来を保証してもらってから歩くわけではない。

あると思っている。だから行く。そのくらいの確かさである。そこで題名が初めて出る。

I love you, I need you
晴れの日も 雨の日も あるけれど
I love you, I need you
今 君と 歩き出すよ

I love youだけではない。

I need youまで言う。愛している。必要としている。

似ているようで、同じではない。

love は君へ向かう言葉だが、need は、自分に足りないものまで見せる。自分は一人で平気です、という告白ではない。むしろ、君が必要だ、まで言ってしまう。しかも、

晴れの日も 雨の日も あるけれど

である。これからずっと晴れます、とは約束しない。雨もある。でも、

今 君と 歩き出すよ

また、

である。

未来を全部見通せたから出発するのではない。

天気は変わる。道も分からない。それでも今は、歩き出す。二番では、憧れの対象そのものが変わる。

君の生き方に 憧れて
もう一度 夢描いて
君の生き方に 誘われて
現実に 変えてゆくよ

最初は、

君の歌声

だった。今度は、

君の生き方

である。声から、その人がどう生きているかへ。憧れの範囲が広がる。そして、

もう一度

夢を描く。

初めて夢を見るのではない。

一度あった。何かの理由で失った。あるいは描くのをやめた。それを、もう一度。ここにも再開がある。

さらに、

誘われて

が最初の連から戻る。

でも、結末が違う。

最初は、

運ばれて

夜が明けた。ここでは、

現実に 変えてゆくよ

である。誰かに誘われたことをきっかけに、最後は自分で、変えてゆく。受け身から自立した、とまできれいに言う必要はない。なにしろ、今も君に誘われている。

ただ、他者から受け取った力が、自分の動詞へ変わり始めている。

その道は、別に楽ではない。

ああ 道は不確かで
果てしなく どこまでも 続くけど
ああ 君と二人なら
わけもなく 恐れることなどない
不安にも 負けないんだよ

道は、

不確か

である。しかも、

果てしなく どこまでも

続く。かなり長い。目的地の名前もない。どこまで続くかも分からない。

それでも、

君と二人なら

と言う。この歌は、道が安全だから行ける、とは言わない。道は不確か。不安もある。

それでも二人なら、

負けないんだよ

とする。

不安がなくなるのではない。

不安はいる。ただ、それに負けない、と言う。そしてサビが少し変わる。

I love you, I need you
晴れの日も 雨の日も そばにいて
I love you, I need you
時を越え 今 二人 歩き出す

最初は、

晴れの日も 雨の日も あるけれど

だった。天候についての説明だった。今度は、

そばにいて

になる。ここで I need you の中身が、少し日本語になったようにも聞こえる。必要だ、を、必要だ、とは訳さない。代わりに、そばにいて。と頼む。

そして最初のサビでは、

今 君と 歩き出すよ

だった。僕が、君と歩く。今度は、

今 二人 歩き出す

になる。「僕」が文から消える。主語は、二人。一緒に歩くことが、文法の上でも共同作業になる。

しかもその前に、

時を越え

と大きな言葉がある。時を越える。でも、

歩き出す。かなり遠い時間を見ながら、実際の出発点はやっぱり今である。そして最後のサビでは、天気まで変わる。

I love you, I need you
坂道も 悲しみも あるけれど
I love you, I need you
誰よりも 愛してるよ

最初は、晴れ。雨。だった。次は、そばにいて。

最後は、

坂道

と、

悲しみ

になる。天候から、地形。そして感情へ。これから起きる難しさが、少しずつ身体へ近づいてくる。

それでも英語の部分は、ずっと同じである。

I love you, I need you

何度も変わる日本語の間に、この二つだけが固定されている。そして最後になって初めて、loveの方は、

誰よりも 愛してるよ

と日本語で言い直される。でも、I need youは最後まで日本語へ訳されない。消えもしない。ただ何度も、I love youの隣にいる。

この曲にとって、必要としている、ということは、愛しているより少し言いにくい言葉だったのかもしれない。少なくとも歌詞では、愛の方だけが最後に堂々と日本語になる。そして結末。

また 夜が明けるから
今 僕も歌い出すよ

冒頭では、

君の歌声に 運ばれて
夜が 明けてゆくよ

だった。君の歌声に運ばれて、朝になった。最後は、

また 夜が明けるから

である。今度は、夜明けそのものが理由になる。朝が来る。だから、

僕も歌い出すよ

歌う。しかも、

また

だ。

一度だけ救われて終わる歌ではない。

夜は来る。また明ける。そのたびに、また歌うのかもしれない。最初の、

今 僕も 歌い出すよ

と、最後の、

今 僕も歌い出すよ

では、正本上、「僕も」と「歌い出す」の間の空白も違う。そこへ意味を無理に与える必要はない。ただ、歌が同じ場所へ完全にそのまま戻っているわけではないことは面白い。

君の声に誘われて歌い始めた人が、道を見て。歩き出して。夢を現実に変えようとして。それでも君を必要として。

最後に、また朝が来るから歌う。I need you を卒業することが、この歌のゴールではない。誰かを必要としたまま、自分でも歩く。自分でも歌う。その両方が最後まで残っている。

I love you は使い古された言葉だと分かっていた。それでも、その時はそれしか出てこなかった。現在のみゅーは「どっちかと言うと当時の僕にはI need youだったんだと思う」と読み直している。愛を差し出す言葉と、相手を必要としている切実さが同じ題名に並んでいる。

制作背景

音楽をやめようと思うほど落ち込んでいた時期、ある人の歌声がもう一度歌い始めるきっかけになった。みゅーはこの曲をその人へ向けた「最初で最後のラブソング」と振り返る一方、「手癖でできたようなベタなラブソング」とも書く。ピアノを入れず、代わりにコーラスワークを重ねたことも本人が意識していた制作上の選択だった。みゅー本人による詳しい制作記録は、NOTES「制作秘話」で読めます。

Mutant Music史から見ると

1st album『真実の口』の表題曲には、歌うことそのものを、自分の真実と結びつける強い宣言があった。歌えば、それは自分の本当の気持ちだ。そんなところから始まっていた。

I love you, I need you では、歌う自分の始まり方が少し違う。

君の歌声に 誘われて

そして、

今 僕も 歌い出すよ

である。自分の真実を一人で歌い出す、というより、誰かの声へ応答することで、自分の声も出てくる。歌うことが、自分だけで閉じなくなる。ただ、それを、昔は一人でしか歌えなかった。今は他人とつながれるようになった。

という成長物語にする必要はない。

『真実の口』では、あの時に必要だった歌い方があった。この曲では、誰かの声が必要だった。それだけでもかなり違う。「Promised Land」には、二人で向かう場所と、坂を上るイメージがあった。

I love you, I need you にも、道。坂道。二人。が出てくる。ただし、ここでは約束された場所の名前がない。

道は不確かで

しかも、

果てしなく どこまでも 続く

どこへ着くのかより、今、歩き出すことの方が前に出る。

今 君と 歩き出すよ

そして、

今 二人 歩き出す

目的地ではなく、出発の瞬間を何度も言う。同じ「二人で歩く」でも、焦点が違う。そして、この曲の二か月ほど前には、「元気日和」がある。あの曲では、太陽へ、見て。来て。

聞いて。と話しかけながら、

僕はこんなにも元気だよ

と言った。朝そのものがつらかった時期に、元気だよ、という言葉を先に置いた歌だった。I love you, I need you でも、夜明けが出てくる。ただ、今度は、

君の歌声に 運ばれて
夜が 明けてゆくよ

である。太陽ではなく、人の声が朝を連れてくる。そしてその声に、僕の声が返る。

今 僕も 歌い出すよ

二曲を並べると、一人で太陽へ話しかける朝と、誰かの歌へ歌で返す朝。そんな違いが見える。どちらがより完全な回復か、という話ではない。「元気日和」には、自分へ言葉をかける必要があった。

この曲には、誰かの声を必要とする時間があった。そして I love you, I need you は、その「必要」を隠さない。ここが、この曲のかなり大事なところだと思う。自分で夢を現実に変えてゆく。自分で歩き出す。

自分で歌い出す。でも、君はいらなくなった、とはならない。むしろその間ずっと、

I love you, I need you

を繰り返す。自分で動くことと、誰かを必要とすること。その二つを片方へ整理しなかった。そして最後も、到着ではない。

また 夜が明けるから
今 僕も歌い出すよ

また朝が来る。また歌う。まだ歩いている途中である。その途中で言えたのが、愛している。

そして、必要としている。だった。

クレジット

作詞
みゅー
作曲
みゅー