Synchronicity(Demo)
違って当たり前。
でも、たまに、ピタリと合う。
同じ時。同じタイミング。笑い声まで重なる。それを、
奇跡のハーモニー
と呼ぶ。ずっと同じだから一緒にいる、ではない。
違う二人なのに、ときどき一致する。その「ときどき」を、この歌はかなり大事そうに抱えている。ただし、そこから願いは急に大きくなる。君の夢を、全部。
二人のことを、すべて。違って当たり前と言った人が、全部共有したくなる。なるほど。それはたしかに、欲張りなのだと思う。
作品情報
- 作品区分
- Demo
- 制作
- 2011年1月
- クレジット
- 作詞: みゅー/作曲: みゅー
歌詞
あぁ 清らな香りに導かれて
音もなく 自然に始まってゆく物語
あぁ 「ありがとう」 心から言えるよ
こんな素敵な笑顔に今出会えたこと
僕の夢を 捧げるのは 君しかいないと決めた だから
夢の脆さ 時の重さ 忘れさせてくれるよ
君が笑うと 僕が選んできた全てのことが
正しかったように思えるんだ 後悔など一つもない
君の前では どんな辛いことも 悲しいことも
ちっぽけなことに思えてくる
何気ない仕草が 僕を笑顔にさせるよ
あぁ 違って当たり前なんだろうけど
たまにほら ピタリと符合する 二つのメロディ
あぁ 同じ時 同じタイミングで響きあう 笑い声
奇跡のハーモニー
欲張りだと 笑うけれど 君の夢を全部叶えてあげたい
終わりのない 「好き」の連鎖 君を愛しているよ
君の笑顔に 君が歩んできたこれまでのことが
全部刻まれていると思うと 余計に愛おしくなる
僕の前では どんな些細なことも 悩み事も
そっと話していけたらいいな
すべてを二人で共有できたらいいのになぁ
君が笑うと 僕が選んできた全てのことが
正しかったと 胸を張って言えるよ
君と僕に訪れる「幸せな偶然」に もう迷うことなどない
この先一緒に 歳を重ねても 思い出を増やして
笑い合えたらいいな
拡がる 「好き」の連鎖
曲を読む
物語は、音より先に始まる。
あぁ 清らな香りに導かれて
音もなく 自然に始まってゆく物語
あぁ 「ありがとう」 心から言えるよ
こんな素敵な笑顔に今出会えたこと
最初にあるのは、
清らな香り
である。
音ではない。
匂い。そして、
音もなく
物語が始まる。後で、メロディ。笑い声。ハーモニー。
と、音だらけになる歌なのに、最初は無音だ。しかも、
自然に
始まる。始めよう。始めた。
ではない。
いつの間にか、始まってゆく。その入口になったのが、
こんな素敵な笑顔に今出会えたこと
である。「君に出会えた」ではなく、
笑顔に
出会った、と書く。もちろん君との出会いなのだろう。
でも、歌詞が最初に見つけたのは、笑顔。
このあと、この笑顔が何度も、僕の過去。君の過去。そして未来。をつなぐ場所になる。その前に、かなり大きな決断が出る。
僕の夢を 捧げるのは 君しかいないと決めた だから
夢の脆さ 時の重さ 忘れさせてくれるよ
君しかいない
である。かなり強い。しかも、
決めた
自分で決めている。そして文は、
だから
で次へぶら下がる。夢には、
脆さ
がある。時間には、
重さ
がある。脆いものと重いもの。性質は反対に近い。その両方を、君が、
忘れさせてくれる
と言う。なくしてくれる、ではない。
解決してくれる、でもない。忘れさせてくれる。夢が脆いことも、時間が重いことも、本当は残っているのかもしれない。ただ、君といる時には、それが少し遠くなる。そして最初の長いサビ。
君が笑うと 僕が選んできた全てのことが
正しかったように思えるんだ 後悔など一つもない
君の前では どんな辛いことも 悲しいことも
ちっぽけなことに思えてくる
何気ない仕草が 僕を笑顔にさせるよ
ここでまた、
君が笑うと
である。君の笑顔が、現在だけではなく、僕の過去へ作用する。
僕が選んできた全てのこと
かなり大きい。いま君と出会った。すると、そこへ来るまでに選んだことまで、
正しかったように思える
過去の出来事そのものが変わった、とは言わない。
ように思える
である。
現在の笑顔によって、過去の見え方が変わる。
ところが、その直後には、
後悔など一つもない
と言う。さっきまで、「正しかったように思える」だった。少し留保していた。でも、後悔は、
一つもない
と断言する。かなり振れ幅がある。本当に一つも後悔がないのか。君の笑顔を前にして、今だけはそう言えるのか。歌詞はその差を説明しない。
そのあとも、辛かったこと。悲しかったこと。が、消える、とは言わない。
ちっぽけなことに思えてくる
である。やっぱり変わるのは、出来事そのものより、見え方だ。そして僕を笑わせるのは、大げさな励ましでも、運命的な宣言でもない。
何気ない仕草
である。題名はずいぶん大きそうなのに、人を笑顔にするのは、何気ない動き。この距離もいい。二番になると、ようやく題名の中身らしいものが言葉になる。
あぁ 違って当たり前なんだろうけど
たまにほら ピタリと符合する 二つのメロディ
あぁ 同じ時 同じタイミングで響きあう 笑い声
奇跡のハーモニー
まず、
違って当たり前
である。二人は同じだからうまくいく、ではない。
違う。それが普通。そして次が、
たまにほら
なのが大事だと思う。いつも。必ず。
ではない。
たまに。しかも、ほら。かなり日常的な言い方だ。その「たまに」が、
ピタリと符合する
符合するものは、
二つのメロディ
一つのメロディになる、とは書かない。二つのまま。ただ、ピタリ。と合う。
そして次の行では、
同じ時 同じタイミング
である。同じ時。同じタイミング。意味がかなり重なっている。わざわざ「同じ」を二度言う。
二人が一致した瞬間を、言葉まで重ねているように見える。しかも響くのは、
笑い声
最初は、
音もなく
始まった物語だった。今は、笑い声が響く。そして、
奇跡のハーモニー
になる。ハーモニーは、同じ音を一つ鳴らすことではない。複数の音が同時に鳴る。だから、違って当たり前。二つのメロディ。
奇跡のハーモニー。は、かなりよく並んでいる。
違いが消えたから一致するのではない。
違うまま、一瞬、一緒に鳴る。それを喜んでいる。
ところが、その直後から願いは大きくなる。
欲張りだと 笑うけれど 君の夢を全部叶えてあげたい
終わりのない 「好き」の連鎖 君を愛しているよ
欲張り
と、歌詞自身が言う。誰が笑っているのかは明示されていない。でも、
君の夢を全部叶えてあげたい
という願いが、かなり大きいことは分かっているらしい。最初は、
僕の夢を 捧げる
だった。今度は、
君の夢を全部叶えてあげたい
になる。僕の夢。君の夢。両方が関係の中へ入る。
しかも、
全部
である。一つ。いくつか。
ではない。
全部。
それを自分でも、欲張り、と呼ぶ。そして、
終わりのない 「好き」の連鎖
「好き」に鉤括弧が付く。一つの「好き」で終わらない。次の好きへ。また次へ。連鎖する。
ただ、その連鎖はまだ、
終わりのない
と、時間方向に伸びている。最後には、この言い方も変わる。その前に、再び笑顔が出る。
君の笑顔に 君が歩んできたこれまでのことが
全部刻まれていると思うと 余計に愛おしくなる
僕の前では どんな些細なことも 悩み事も
そっと話していけたらいいな
すべてを二人で共有できたらいいのになぁ
最初のサビでは、君の笑顔によって、
僕が選んできた全て
が正しかったように見えた。今度は、その笑顔の中に、
君が歩んできたこれまでのこと
を見る。僕の過去は、君の笑顔によって見直される。君の過去は、君の笑顔に刻まれていると想像する。今ここにある一つの笑顔へ、二人の別々の過去が集まってくる。
ただしここも、
全部刻まれている
と断言してはいない。
全部刻まれていると思うと
である。また、思う。この歌は、かなり強いことを言う割に、ところどころ、自分がそう感じているだけだ、という余白を残す。そして、
そっと話していけたらいいな
「話して」。
ではない。
話していけたら
である。一度全部聞かせて、というより、これから少しずつ話していけたら。そんな時間を感じる。
ところが、その次には、
すべてを二人で共有できたらいいのになぁ
また、
すべて
である。違って当たり前。たまに符合する。そう言った人が、最後には、すべて共有したい。かなり欲張りである。
しかも、
そっと
から、
すべて
まで行く。小さく話し始めたい。でもいつか全部共有したい。この距離がある。
そして語尾も、
いいのになぁ
である。実現した、ではない。
すべてを共有している、でもない。かなり大きな願いを、少し伸びた語尾で夢見ている。やがて、最初のサビが戻る。ただし一箇所、大きく変わる。
君が笑うと 僕が選んできた全てのことが
正しかったと 胸を張って言えるよ
最初は、
正しかったように思えるんだ
だった。今度は、
正しかったと 胸を張って言えるよ
になる。「思える」から、「言える」。しかも、
胸を張って
である。内側でそう感じることから、外へ向かって言うことへ変わる。過去が客観的に正しかったと証明されたわけではない。でも少なくとも、今の僕は、そう言える。歌の中で確信の度合いは強くなっている。
そして題名にもっとも近い一行が来る。
君と僕に訪れる「幸せな偶然」に もう迷うことなどない
この先一緒に 歳を重ねても 思い出を増やして
笑い合えたらいいな
題名が Synchronicity である理由を説明した資料は残っていない。だから、外から定義を持ち込んで、この曲のシンクロニシティとはこれです、とは決めない。ただ歌詞の中には、符合。同じ時。同じタイミング。
そして、
「幸せな偶然」
がある。少なくとも、二人の一致を、偶然、として受け取っている。それに対して、
もう迷うことなどない
かなり強い。もう迷わない。ここまで来ると、未来まで確定したように聞こえる。でも次の行は、
笑い合えたらいいな
なのである。笑い合う。とは言わない。笑い合える。とも言わない。
笑い合えたらいいな
未来は願いのままだ。今の確信と、未来の不確かさ。ここも両方ある。もう迷わない。
でも、この先も笑い合えたらいいな。
そのくらいが、実際の未来なのだと思う。そして最後。
拡がる 「好き」の連鎖
少し前には、
終わりのない 「好き」の連鎖
だった。終わりのない。から、
拡がる
へ。最初は時間方向へ終わらないものだった「好き」が、最後にはどこかへ広がっていく。どこへ。誰へ。そこは書かれない。
句点もない。ただし、ここを、Demoだから未完成のまま終わった、とは読まない。Demo が何を意味するのかは分からないからだ。完成歌詞として読めるのは、違って当たり前の二人が、たまにピタリと合う。
その偶然によって、自分の過去を肯定できるようになる。そして、まだ保証されていない二人の未来を願う。その最後に、「好き」がどこかへ拡がっていく。そこまでである。
この曲については制作資料がほとんどない。だから、誰との何が符合したのかを伝記へ回収しないでおける。題名に Demo とあることも、「未完成だから」と読む根拠にはならない。背景が分からないまま、今ある歌詞と題名だけを読む。その余白を守る方がいい。
Mutant Music史から見ると
I love you, I need you では、君の歌声に誘われ、僕も歌い出した。そして、
今 二人 歩き出す
と、共同の未来へ出発した。Synchronicity(Demo) では、もう少し長い未来を願う。
この先一緒に 歳を重ねても 思い出を増やして
笑い合えたらいいな
歩き出す瞬間から、歳を重ねる時間へ。ただし、前の曲から未来像が発展した、という話にはしない。制作時期も違う。歌われている感情の場所も違う。
I love you, I need you では、君が必要だ、という切実さを隠さなかった。こちらでは、違って当たり前の二人が、たまに一致することそのものを喜ぶ。必要。と、符合。似ているようで違う関係の言葉である。
表題曲「茜空」では、過去の日々を、
ガラクタだった 宝物だった
と、二つの見方で置いた。何が正しい過去だったのかを、一色に決めなかった。Synchronicity(Demo) では逆に、君の笑顔を前にすると、
僕が選んできた全てのことが
正しかったと 胸を張って言えるよ
とまで言う。ずいぶん強い。
でも、これを、過去の葛藤を乗り越えて完全な自己肯定へ到達した、と並べる必要はない。「茜空」では、過去を両義的なまま抱える必要があった。この曲では、今の出会いが過去の見え方を変える。必要としている作用が違う。
receptor では、失われたものが戻らなくても、
愛された記憶
が胸の中で光を放ち続けた。そして、大きく積み直すより、
小さな幸せを 拾い集めて
と歌った。Synchronicity(Demo) では、その慎ましさとはかなり違う。
君の夢を全部叶えてあげたい
そして、
すべてを二人で共有できたらいいのになぁ
全部。
すべて。
かなり大きく望む。だからといって、受容の後に欲望が復活して次の段階へ進んだ、という歴史にする必要はない。人は、失った後には小さな幸せを拾いたい時もある。誰かと出会えば、全部共有したい、と思ってしまう時もある。曲ごとに、欲望の大きさが違う。
それでいい。この曲で特に面白いのは、強い確信と、違いの承認が同居しているところだと思う。
違って当たり前
なのに、
すべてを二人で共有
したい。
たまに
符合するだけなのに、
もう迷うことなどない
と言う。そして、もう迷わないと言った人が、未来については、
笑い合えたらいいな
と願う。決めた。でも保証はない。違う。でもたまに合う。
全部共有したい。
でも、それはまだ願いだ。
そういう関係のあり方を、
「幸せな偶然」
と呼んでいる。この曲は、確認できるアルバムの中には置かれていない。そして Demo が何を意味するのかも、まだ分からない。だから作品史の終着点にする必要もない。
2011年1月のMutant Musicに、こんなふうに、誰かとの一致によって過去を肯定し、まだない二人の時間をかなり欲張りに願う歌もあった。その一曲として置いておくのが、いちばん自然だと思う。
クレジット
- 作詞
- みゅー
- 作曲
- みゅー